ハイブマインドシティブルーズ

柚木呂高

ハイブマインドシティブルーズ

「えー、ということでお父さんお母さんから聞いている人も多いかもしれませんが、来月からこの地域はスマートシティの一環で集合知都市として指定されました。皆さんの知識が並列化されて、いろんなことを知ったり考えたりできるようになりますよ」

「はい先生、でもこの街の目標は『個性を大事に』じゃないですか、そのあたりどうなっちゃうんですか?」

「大人たちもそれを問題に色々話し合いました。ですから皆さんは皆さんのままで集合知に参加する形になります。つまりどういうことかと言うと、意識まで同一化するのではなく、自分は自分というアイデンティティを保ったまま知識だけを並列化するということです」

「なら安心かも」

 ホームルームの声は賑やかだった。個性なんかに関しては強いものの持ち物であるから、立場の弱い僕はどちらかというとみんなと一緒であることに心を砕いていたし、異質なものとしてクラスメートから排斥される方が怖かったから、意識も同じでもいいのにな、と思っていたくらいだ。


 思い思いの一ヶ月が経って、街の住人全員が集合知として接続された。記憶というのは、ある特定のものを思い出そうと思わなければ意識の端にも浮かぶことがあまりないようで、接続したことで何かが変わったという感じはなかった。だが、中間テストの点は皆が満点を取って、もはや個人の知識がその個人を形成する同一性として存在することはなくなったように思われた。誰よりもアイドルに詳しいとか、ファッションに詳しいとかは学校のヒエラルキーの上下関係に関わらなくなった。

 ある日、僕は自分のお宝、――要するにエロ本に新たなラインナップが追加されたことを思い出した。しかしおかしい、僕はエロ本を新しく買っていない。家族の誰かが僕のエロ本の隠し場所に新しく加えたのだ。個性をモットーにするこの街は、集合知の導入にあたって、集合知に集まる数々の記憶が、誰によってもたらされたものかを匿名にしている。姉か、母親か、それとも父親か、家にいる家族の誰かが僕のエロ本に一冊追加したのは間違いがない。

 確認してみると確かにエロ本が一冊追加されていた。しかし僕の好みはモデル体型のお姉さんであって、この特集に組まれているような幼児体型のロリ顔が好きなわけではないはずだ。しかし記憶の何処かにこういったものに対する嗜好があったのを感じている。確かに僕はこのエロ本にひどく興奮と郷愁を感じているのだ。

「このままではまずい、この街に居続けるわけにはいかない。誰かと同じが良いだなんて何で考えていたんだろう。高校を卒業したらこの街を出るんだ」


 そうして時が経ち、僕は街を離れた。集合知から開放されたことによっていくつかの記憶は引き継いだものの、今は徐々に僕自身は僕として考えていると思えるようになってきたようだ。今では彼女もできた。年上のロリ顔の女の子だ。人生を楽しむ上で知識というものは様々な良さを拓かせてくれる。集合知は僕にとっては奇妙で居心地の悪いものだったが、今新しい街の仲間たちの様々な性癖について、僕は何も言わずに同意してうなずくことができるようになり、彼らから性癖の図書館と呼ばれるようになった。ようやく僕にも個性と言うものが生まれたというわけだ。

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ハイブマインドシティブルーズ 柚木呂高 @yuzukiroko

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