大人物の大逆転-2

 * * *


「自由とは混沌、規律とは整頓です。自由奔放やらせておけば人間はいつしか陰と陽をかき乱し、遂には世界を破綻に追い込みます」


「だから私みたいな大人物が整えてやらねばならんのですよ」

「ほう。それはあなたの言葉ですか?」

「いえいえ。こればかりは大事な友人からの受け売りです……でも私の人生の軸となっている大事な言葉でもあるので、覚えているようにしているのです」

「へぇなるほど。それが今の地位へあなたを押し上げた、と」

「ええそうですねぇ。要は選ばれた訳です。私はこの人生をかけた大きな世直しを行っている最中であって、今はその途上という訳です……」


 自称・世直し整頓者。大人物ロビン・ジャクソン。

 五十をとうに過ぎた彼は二十四の時より大分逞しくなっていた。


 あれから彼は自分が住むに値しないボロアパートをさっさと引き払って、宮殿みたいな家を買い、高級服屋、時計屋、宝石店その他モロモロで身なりを整えた。

 最初、ぼろ雑巾みたいな服を着て来た彼に店の者はくすくす笑ったが彼が湯水のように溢れる金を出した瞬間、別人のような振る舞いを見せた。目の前に出される物件はどれも最高級、商談の最中に高いお茶とお菓子がどんどん出され、内見には高級車が用意される。最終的に契約が決まって送り出される際には歩く道にレッドカーペットが敷かれ全員から王族でも送り出すかのような最敬礼をされる始末。本音を言えば最初はむかついてならなかったが、自分がぽんと札束を出せば皆が目の色を変えて鴨の子のように付いて来てくれるその様が何とも滑稽で愉快であった。


「楽しいかね? ロビン」

「ああ。こんなに清々しい気分は初めてさ! 本当に夢じゃないんだよな!?」

「じゃあさっさとシャワーを浴びてその生ゴミみたいな酷い臭いを取り払ってこい! 熱い湯を浴びれば自然と目も覚めるだろうよ」

「それでも夢は続くかい」

「それは自分で確認するんだ」

「そうかい? じゃあそうしよう!」

「終わったら直ぐ商談だ」


「今度はお前に人を買ってやる」


 治安が最悪のごみ溜めみたいな奴隷売り場。

 そこに適当な人員配置。

 檻を建てて、用心棒を置いて……

「それでは駄目だ、用心棒は直ぐに暴力を振るう。暴力の温床は即ち治安の低下、もっと力強いもので規律を整えねば」

「とはいえ人間には限界がある」

「ならこうしよう! 私の配下をここに配置させる」

「配下……?」

「詮索は無用だ、余り首を突っ込んだらこの夢を本当に夢にしてやるぞ」

 こちらは見ずにまるで世間話かのようなノリで言われる言葉たち。しかしそれだけで従わせてしまうような何かがその少年にはあった。

「こいつらは暴力では絶対に人を従わせない。これで用心棒の問題は解決だ!」

「あとは場の問題も。奴隷は必要だが金持ちはそれでも綺麗なものを好む」

「だが見せしめになるぐらいの多少の汚れは必要だ」

「……いや、そもそも『奴隷』という制度がある時点で」

「……? 何か問題でもあるのか?」

「性格に難あり、出自に難あり……いや、娯楽にもなるだろうが果たしてヒトである必要はあるのか?」

「……! ほう!」

「ヒトをヒトが買い、ヒトの下で無理矢理働かせている時点で治安云々の結果は目に見えているようなものだ」

「ならば私の配下を代わりに送ろうか! あやつらは本能では動かんぞ!」


 とある金持ちから代償が支払われた。

 ディアブロはまた硝子の小瓶をその胸から抜き取り、ロビンは家を埋め尽くす程の従順な使用人を雇った。


 * * *


「女は良いぞ、ロビン。家庭を持とう」


「強運はあって困るものではないぞ、ロビン」


「ディアブロ……俺、かねてよりやってみたかったことがあるんだ」

「遠慮するな、商売さえ上手くいったなら何でも買い与えてやる」


「ディアブロ、今あるエネルギーには限界があるそうじゃないか」


「ディアブロ、土地が足りなくなってきた」


「ディアブロ、財閥を持ってみたい」


「ディアブロ」

「ディアブロ」

「ディアブロ」




「ははは、お前は際限がないなぁロビン! 人間らしくて実に良い!」


「面白い、面白いよ。こんな客人も久しぶりだ!」




「嗚呼、ロビン」


「私はお前が大好きだ」




 毎度ロビンはその「商売」に見合うだけの対価を頂き、ディアブロは毎度依頼人の胸から硝子の小瓶を抜き取った。

 今や大人物は大商人の名も兼ねた。この街の商売は全て私の掌の上にある!


 富も商品も人も誰かの時間さえも何もかもは自分の元に集合したが――唯ひとつ。

 絶対に自分の実家から出荷される野菜だけは買わなかった。


 * * *


 これまでで一番大きな買い物はずばり「発言力」だった。


 政治に手を出してみたい。

 大公や宰相というのは彼が憧れた夢の一つであった。


「それではこの街を整理してみよう」

「よし、やってみよう」

 開かれたアタッシュケースの中、自分が住んでいる街のミニチュアがそこに。

「ああ見ろ。このぐちゃぐちゃして汚い街を」

「道が入り組んでいて明らかに不親切だな」

「第二のオスマンになれるか? ロビン」

「なってみせるさ」


「私はこの頭脳でこれまでに何でも手に入れてきたのだから」

「強気な発言、頼もしいな」


 そうしてあれこれ考え、都市の大改造を開始。

 これは中々に楽しかった。色々な人の目線に立ってどうあれば良いのか、どうあれば楽できるのか、どうあれば文句はないのか。


 シミュレーションゲームのようで楽しい。

 私には政治の才もあるのか……!


「それは中々思い切った発想だな、ロビン」

「これ位やらねば世界からの注目は得られない」

「依頼人は飛び上がって喜ぶだろう」

「目に浮かぶようだ……」




「ああ、街がこんなに綺麗になった」




 ――その夜。

 舗装路で薔薇の花が描かれた街の新たな姿に県知事はいたく喜んだ。

 そしてロビンは金だけでなく、その「県知事」というポストまで頂くこととなった。


「えい」


 動かなくなった彼をぽんと椅子から追い出して座ってみればふかふかだ!

「これは良い椅子だぞ、ディアブロ! お前も座ってみるか?」

「良いのかね、ロビン! ――ああ、一度でも人間のこういう椅子に座ってみたかった! 夢を見ているみたいだ、ふかふかだ! ははは」

 二人で子どものようにはしゃぎ合って、げたげた蛙のように笑って。


 ディアブロは元県知事の胸からそっと硝子の小瓶を抜き取った。


 * * *


「――ではミスタージャクソン、最後の質問です」


「そのカリスマ性と判断力、強運と金運。人脈、勝利の女神。そしてこれまでの成功の鍵を握った青年時代の多大なる努力。これらを以てして次に目指すものとは一体何なのでしょうか?」



「ああ、嬉しい質問だな。ミスシャーリー」


「そうだな……」


「そろそろ最後のフェーズとなる、かな」




「日々は楽しいか?」

「ああ。だが余りに刺激が無さ過ぎて最近は少し空虚に感じる」

「そうなのか?」

「ああ……私はこれまでに何でも手に入れてきたな? 我が友よ」

「そうだな」

「まずは今も尽きることのない金を手に入れた。次に家、服、宝飾、時計をその金で買い、この家を回すための従順な使用人を君から貰ったな」

「……寂しいじゃないか、ロビン。いつものように私を名前で呼んでおくれ」

「……はは、そういえば長らく気付かなかったが私はロビンという名だったな!」

「どう、いうことだ?」

「この名を呼んでくれるのもお前ぐらいになってしまったということさ」

 そう言って長く、深いため息をゆっくり吐き出す。

「……疲れているのかい」

「ふふ。かもなぁ! ――あとは何を手に入れたんだったか」

「……」

「女、子ども、運、大商人という地位、資源、土地、会長という名誉、それから、それから……ああ、何だったか。ともかくもありとあらゆるものを手に入れてきた」

「敵も作らず、汚職事件も起こさず。時に独創的な発想で周囲を驚かせては君の栄光を光らせ、地位を上げ、どん底から頂点まで上り詰めた」

「知名度も、理想の見た目も、理想の家庭も、理想の県も手に入れた」

「理想的な民達。皆君に感謝している」

「これ以上ない幸せと分かっているよ。だが飽くなき野心もそろそろ枯れ果てる」

「……」

「人生のうち一度は今も見た目の変わらぬ君のように不老不死を望もうかと思ったこともあった。神にもなってみたかった」

「そういえばお前はそれを一度も望まなかった」

「……」

「この長いようで短い人生、唯一お前に失望した点だ」

「すまんなぁ、ディアブロ。だけど」

「だけど?」

「幸せが体を満たしすぎると人生、こんなにもつまらなくなるのかと思ったらな。何だか不死が怖くなった」

「……時は永劫と知れば長いからな」

「それに不老も含め、そういった要素はヒトを遠ざける」

 まだ皺は刻まれてはいないが老いの予兆を見せ始めた己が右手の甲を眺める。

「ふぅ」




「そろそろ……」


「引退か」




 それにディアブロは一瞬悲しそうに顔を歪め、安楽椅子にごろりと寝転ぶロビンの上に馬乗りになった。眼帯がはらりと解けて、彼の大きく開いた胸元に落ちる。

 黒い虹彩に白い瞳孔。俗に黒い蛇の瞳と言われる目。

「ロビン! 私の目を見ろ!」


「あとは何が欲しい!? あとは何を望む!!」


「更なる名声か!? 国か!? 王女か!? それとも王の座か!!」


「なら舌か? そうだ、舌はどうだッ!! 舌を噛み千切ればお前は舌を欲しがるか!? それともッ」


 そんな必死な形相の彼の頬を広い手がほ、と撫でた。手は後頭部まで滑り、少年の体を自身の体に押し付ける。

 驚きで身をこわばらせ、目を見開くしか彼にはもうできなかった。

 また顔が悲しそうに歪む。

「金持ちとは孤独なものだな。……あの日二人で殺めてしまったベンを思い出した」

「ろ、びん……」

「何が幸せなのか、最早俺には分からん」

「……」

「唯、私には最初から最後まで付き合ってくれる友人ひとりで十分だ」

「……」

「ディアブロ、ずっと傍にいてくれてありがとう」




 暫くはこうしていた。

 契約の満了がそろそろくる気がする。




「……」


「ロビン」


「人生をかけて最後に遊ぼう」


 少年がアタッシュケースを豪華な机の上に乗せた。

 蓋を開けるとその中に五人の王冠を被った人形が並んでいる。

 丸っこい姿かたちで可愛らしいのに皆その手に拳銃を握っていた。

 大きな体をよっこらせと起こす。パズルの時は毎回ぞくぞくした。

「今度は何を買うんだい、ディアブロ。誰から依頼だい?」

「……王様だ」

 王――。

「誰に政権を握らせるべきか」


「そして誰を暗殺すべきか」


「その見事な技量で定めて欲しいとのことだ」

「とすると此度の報酬は」

「……最後に頂上ぐらいは踏ませてやらんとな」

 ごくりと唾をのんだ。


 平々凡々の家庭で生まれた小さな野心家は

 最後の最後に国のすべてを手に入れるというのか。


 そう思うと手が震える。

 つい気持ちが急きそうになるが、これは今後の国の未来をも定める行為。

 深呼吸して頭を無理矢理落ち着けて、駒を手に取った。




「さ。私と整理整頓パズルで遊ぼうか。ロビン」




 * * *


「まず、この大臣とこの大臣は仲が悪い」

「ふん」

「王とこの派閥は喧嘩している」

「とすればこの派閥は処さねばならんな」

「……そう、だな」

 王の人形が隣の人形に腹を向けた。銃口がぴかっと光って隣の大公の首がぶっ飛ぶ。毛の長いふかふかカーペットに落ちて、使用人が誤って踏んづけた。


 ぱき。


「ここの大臣と大臣はどうする?」

「さっきの二人かい」

「そうだ」

「それは……そうだな。難しいな」

「はは。お前も悩むのか」

「何だか青年時代を思い出すよ。初めて本棚を整理したあの日」

「懐かしいな」

「あの時もこれぐらい苦戦したものだ」

「とか言いながら。苦労したのは文字の読み取りだったろう?」

「はは、違いない!」

 彼の少年の顔を見ればいつもより色彩豊かなように感じる。今日は眼帯が無いからか。その瞳は予想以上に表情豊かで色々な感情を表に出してくれる。

「……だが今回はあの時と訳が違い過ぎるな」

「どちらに任せても国は大きく動く」

「しかもこいつらは両極端ときた」

「だがいや……待て。力の弱いのは」

「こっちだ。武力も知力も少しずつ足らん」

「なら丁度いい!」

「何がだ?」

「まずはこいつに勝たせるだろう?」

「ふむ」

「そしたらこことここが闘争を始めるだろうが……確かこいつらのレベルは同じぐらいだったよな」

「ああ、間違いない。実力がとんとんだから争っていると言っても過言ではない位には」

「そこを――王が刈り取れ!」

「なるほど! 依頼人を立てる訳だな!?」

「そうだ! というかこんな依頼で王以外を立てる訳にもいかんだろう」

「まあ、そりゃあそうだな」

 できた。


 ……。

 ……。


「……だがこれでは何ともつまらんな」


 最終的に王が独り勝ちしたありがちな盤上を見てぼやいたディアブロ。

 え?

「これではつまらん。あくびが出る」

「ま、まあ。そうだが」

 はじめは緊張感こそあれど結果はどうしたって依頼人を立てる形となる。

 これだけ直接的なテーマであれば尚更。

 とすればこのパズルは始める前から答えは決まっていたということになる。

 結果が単調になるのは至極当たり前のことであった。


 ――ならどうするか。




「よし。じゃあもっと面白い盤にしよう」




「それ」




 こと、と新たに盤上に置かれた人形。




 ――自分。




 自分が暗殺するかされるかの盤上にいる。




 戦 慄。




 突然動悸が激しくなった。

 王か。

 私か。

 物凄い選択肢が突然眼前に迫って来た。


 * * *


「え? は、いや」

「何だ? お前、刺激が欲しいとか引退したいだとか言ったじゃないか。スリリング、スリリング!」

「いや、そりゃあ確かに言ったかもしれないけれど」

 人生まで引退したいとは言ってないぞ!


 どうする。


 どうする。


「どっちに転がっても面白いなぁ、ロビン」


「王が交代されるか、愛すべき隣人の非業な死か」


「こういう決断はわくわくする」


 どうする。どうするどうするどうする。

 手が王と自分の間をきゅるきゅる彷徨う。


 これは王の依頼。このゲーム盤が結果として反映されるまでは自分は死なないが、反映されたその時自分は王の銃に貫かれて死ぬ。

 どうする……? や、逃げ道はあると思う。何せ自分は結果を知っており、かつ、一番最後にこの闘争に加入するのだ。そんなコンマ何秒の速度でこれらのドロドロ殺戮劇が全て展開されるとは思っていない。その間に政界からさっさと引退して暗殺の連鎖から抜ければよい。


 しかしこのアタッシュケースの中にある”未来”は全て漏れなく起こってきた。

 皮肉なことだが二十六年という長い時をずっと共にしてきた自分こそがそれを一番よく知っている。

 王の人形に撃たれれば遅かれ早かれ自分は同じ死因によって確実に死ぬ。

 そしてここに人形が置かれた以上は何か結果を残さなければならない。

 盤外に出たって辿る道はきっと落下死かそこらだろう。


 自分が生き残るためには相手を殺すしか。

 唯、依頼人を立てなければ。

 しかし立てれば自分が死ぬ。


 その事実が自分の手を必死に押さえつけた。

 次人形に触れたら死んでしまう。次人形に触れたら死んでしまう!


 考えろ、考えろ。


 考えろ、考えろ!


「決してこの駒の配置は冗談でも遊戯でもないぞ、ロビン。県知事の座を望んだのはお前だ。そして県知事というのは王の臣下でもある」


「でなければこんな依頼来るものかね!」


「……政治に片足突っ込むというのはこういうことだよ、ロビン。覚悟を以てして民のために己を削るということ」


「しかしそれに器が耐えきれないのであれば……敵を殺すという手段も用意されている。ニンゲン、残念なことだが万人に対し愛し愛されることはできんのだ」


 考えろ、ロビン、考えるんだ。

 お前なら考え付くだろう、その独創的な発想力と想像力。

 強運と、そして、そして……。


「どうした、ロビン。お前の知性は決してアクセサリーなんかじゃないのだろう?」


 そして、この、知性……。


 そ う だ。


「ディアブロ。今回も依頼人の胸から君は硝子の小瓶を抜き取るのだろうね」

「……? そうだが……それがどうした」

「だよな? なら良いんだ、なら私は、私は安全だ!」

 こらえきれずに大笑い。

「……ほう? 説明してみろ、ロビン」


「説明しろって、ディアブロ……。君こそこんな簡単なことによく気付かずにおれたな! 調子でも悪いのかい? はっはぁ!」




「だって依頼人は、どうせ契約の完了と共に、!!」




 興奮し切って、まるで酔っぱらったかのように。

 爛々たる目を輝かせて上機嫌に叫んだ。




「なら私がここで頭を悩ます必要もない!」


 椅子にその醜いまでの巨体を荒々しく預け、躊躇なく彼は自分の駒の頭部を掴む。

 余りに恐ろしいこの結果に頭がぞわぞわした。


「だってこの鞄を相手に渡し、契約の完了が確認された時点で」


「こいつはとっくに死んでいるんだ……!」


 ギリギリと人形を回し




「ならこんなところで躊躇する必要はどこにもない」




「何を迷っていたんだろう……こんなにも簡単なことだったじゃないか!」




「ああ、私はこれまでに望んだものは何でも叶え、欲したものは何でも手に入れてきたな! それが、それがこんな、王族の地位にまで及ぶとは! 誰が考えたっけ!」




「ハハハハハ、ハァーハハハハハ!! 最高のハッピーエンドだよ、我が友よ!!」




「さあ、さっさと死ね……さっさと死んでその座を明け渡せ……」


 ギリギリ


「この国の舵は」


 ギリギリ


「大人物がとっていかねば……世界は崩壊に進む……」


 ギリギリ


「だよな!? ディアブロ!!」






「さあ、さあ……祝福しろ! お前達!! 新たな王の誕生だ!!!」






 従順な使用人達の割れんばかりの拍手、いつの間に用意されたか知らぬカラフルな紙吹雪たち。

 ご主人万歳! と叫ばれ、次々開け放たれる高いシャンパンボトル。




「新しい王の誕生だ、民に金をばら撒け! 拾わせるんだ!」




「ああ、ああ……血が歓喜に沸いて仕方ない……もうすぐやるぞ、私は……」

「ああ、友として見守ろう」



 ギリギリ


 ギリギリギリ……











 バン!!











「く」




「くふ……ふふふ」


「クフフフフフ……フハハハハハハ!!!!」




「ああ、ああ。見事お見事、本当に傑作だ。Bravo!!」




「正直感動した。ニンゲン、ここまでいくか!」




「……悟りなぞは、矢張り仏のためのものだったのだなぁ」




「ニンゲンは所詮ニンゲン。そういうことだったのだ」




「な。お前もそう思うだろう?」






ロビン・ジャクソン」






 * * *


「正直言うとな、別れはもっと早くに来るものだと思っていたよ」


 どういうことだ。


 自分の銃が閃光を放った瞬間ゲーム盤の様子がおかしくなった。

 先程までたった二人しかいなかった盤上。そこに突如、閃光と共に先程ぶっ殺した筈の者達が復活し、全員でこちらに銃口を向け始めたのだ。


 ――そして、その景色が今目の前にある。


 家を埋め尽くさんばかりの兵士達に取り押さえられ、一番最初に盤上で頭を吹っ飛ばした大公が直々に逮捕状を掲げている。

 本人、が。

 ……何て言っているのか全く聞こえん。焦り、恐怖、悔恨、憤怒に支配されぐるぐる渦巻く頭の中の海の音、死へのカウントダウンを刻み始めた動悸の秒針の音。全部が五月蠅くて何も聞こえん!


 唯ひとつ。ディアブロの声は除いて。


「お前には殺人罪、反逆未遂、窃盗罪、詐欺罪、汚職、侮辱罪、名誉棄損……その他様々な罪に問われている。重くて死刑、奇跡的に逃れられたとしてもまぁ終身刑は免れられんだろうなぁ」

「お、おい。身に覚えが無いものまで混じっているんじゃないのか! 私は殺人はしていないし汚職事件だって起こさなかった! 窃盗なんて……それこそいつどこで私がしたと言うんだ!」

「まあ、今回お前を永久に牢獄へ繋ぎとめるために新しくでっち上げ……失礼、作られた罪もあるにはある」

「そ、そんなこと……許されて良い筈が……!!」

「ばぁか言うな。依頼人は王と言っただろうが。……大臣クラスの人間をお前の裁量で殺しても良いと、それだけの資格が自分にはあると一瞬でも思ったのがいけなかったな。全ては仕組まれていたんだよ、ロビンくん!」

「な……どう、いう」

「『三国志演義』での董卓の最期が如何ほどのものであったかお前は知っているか? ……知らないのなら今回のことは分かるまい」

「だからどういう!」

「諸派閥が結託するのにお前は十分な悪役ヴィランだったという訳だ! ロビン・ジャクソン!」

「ヴィッ、ヴィランだなんて……! そんな、俺は皆のために……!」

「なーにが皆のためだ!」

 ぴしゃんと嘲笑気味に遮られた目の前の少年の言葉に肩を震わせる。


「奴隷がある理由も」


「街があんな構造をしていた理由も」


「外見上汚く見えるものにも一見すると悪いことにも必ず背後に理由がある」


「それら理由があるから解決されなくて良い――と言う訳では決してないが、だとしても最低限その”理由”について知識がないのなら簡単に手出し出来て良い問題では無かった筈だ」


 そ、そんな……。

 そんなこと、一度だってお前は言わなかった、のに……。


「それに自分は殺人はしていないと言ったが……このパズルを通して命を落とした者は果たして何人居ただろうねぇ」

「そっ、それはッ、それはお前が……!」

「私? 私が何だ? 私はお前の望み通りに事を運び、物を与え、慾を満たした。その際に相手から依頼されたら命も取った。唯それだけのことだが?」

「い、依頼……そうだ、依頼だ。一番最初のベンの時もそうだった……殺しは違う! 相手に頼まれて……!! だから俺は、俺は!」

「だが覚えているかね、ロビン? このパズルによる商談はね、だんだん君からの希望によるものが多くなっていったんだよ」


「そうしたら望まれぬ殺しも生まれた」

「……!!」


『ディアブロ……俺、かねてよりやってみたかったことがあるんだ』

 ――頭に響く、原初の言葉。


 あの時はただ、ちょっとこんな事をお願いしてみても良いものかしらなんて恐る恐る彼に頼んでみただけだった。

 それが、いつの間に……。


「遺された家族はどんな思いだったか!」

「や、やだ、やめてくれ……」

「君が横取りしたせいで無に追いやられた人々は?」

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」

「ある日街の整理のために郊外に家が移された人々!」

「もうやめろ! やめろ!! やめろっつってんだろ!!」

「そして君が望んだために均衡を保っていた世界に取り込まれた異質物たち……」

「やめろって言ってるのが聞こえねぇのか!!!」


「ああ、王侯貴族諸君! これは覆しようのない悪徳、悪辣! 悪因悪果! この悪人を牢獄に入れてしまえ!!」


「そして我々でこの乱れ切った世を、ぐちゃぐちゃな世の中を整頓していこう!!」


「皆の者、悪を倒して平和なレーヴを築くのだ!」


 こうして悪類大金持ちの牢獄行きは決定的なものとなった。

 ずるりずるりと部屋の外へと引っ張られていく。


「嫌だ、嫌だやだやだ! 死刑だけはやめてくれ! 死刑だけは嫌だ!」


「終身刑も嫌だ……あんな惨めな所から出られずに果てるなんてのも嫌だ!」


「楽しく暮らしたい、もっと幸せでいたい、長生きしたい、人に囲まれて笑っていたい、もっと稼ぎたい、もっとご馳走をたらふく食いたい」


「あ、あああ、元はといえばこんな奴が騙しやがったからいけないんだ! こいつが俺に接触してきたのがいけないんだ!!」


「どうしてアイツを捕まえないで俺だけ捕まえるんだ、おかしいだろうが!!」


「元々はアイツが――ッ!」


 転瞬、憎いアイツが自分の胸に手をずぶりと入れる。


 これを……これを俺は……。

 厭と言うほど見てきた……。


 苦し、い……!


「私が悪い? はは、悪い冗談を抜かすな、ロビン」


に私はちゃんと書いたんだがなぁ」


「一生懸命考えて文も綺麗にこさえたのに、お前が見てくれなくってちょっぴり残念だったんだ。実をいうと」


「……だがおかげでとても楽しめたぞ? 私は寧ろ君に礼を言いたいんだ」

「ア、ガガ」


 そうして硝子の小瓶は勢いよく抜き取られた。

 抜かれた当の本人はといえば泡をぶくぶく吐いて気絶している。


「ふふ。


「君との友情に免じて命は取らず、代わりに君の大部分を埋め尽くしていたものを頂くよ!」


 そう言って彼はにこやかに引きずられていくロビンを見送った。

 待ちきれなかったかのようにしんと静まり返った部屋で彼は小瓶の蓋を開け、一気に飲み干す。

 満足そうに息を吐き、脂ぎった唇を真っ赤な舌で舐めとった。


「『自由』……格別な味わいだ」


 * * *


 契約書


 悪魔王 ディアブロ様


 一、私は主となり、あなたをしもべとして迎え、人生の全ての時を共にする。

 一、契約の主軸は僕より与えられる乱れた陰陽の整頓、及びそれに伴う報酬の授与となるが、若しも主に”望み””願い”が別途発生した際には僕が全て叶えるものとし、その際に発生した代償は契約の満了時に全て支払われるものとする。

 一、契約の満了は「①慾が完全に満たされ、僕の存在が不要となった時」もしくは「②主の死亡時」とし、その際に決済が行われる。

 一、もしも僕より与えられる仕事の遂行のみでその人生を終えた場合は死後の魂を献上するのみに留め、それ以上を僕は受け取らない。

 一、しかし僕に自身の”望み””願い”を叶えてもらった場合、それに応じただけの対価を僕は要求することが出来、主は彼の要求に全て応えなければならない。


 私は以上の契約内容を全て確認し、以上の内容に同意することを誓います。


 名:ロビン・ジャクソン


(おわり)

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整理整頓パズル 星 太一 @dehim-fake

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