雑然とした景色の中で

桑鶴七緒

雑然とした景色の中で

ある絵がキャンバスに描くものだと位置付けられているのなら、それは必ずしもそうだとは限らない。

キャンバスの代わりになるものはいくらでもある。


幼い子どもは画用紙に描いていることに飽きてしまうと、チラシの裏の白い面だったり、壁や窓に向かって開いているスペースがあるのなら、落書きのように楽しんで描いていく。


どこかの街の「壁」となる場所にいたってもアートになるなら、いとわずに描く人だっている。

線路沿いにある家の壁や、高架下の壁。シャッター商店街の壁や、廃虚化した壁。なぜそれだけ壁に惹かれるのかというくらい、人はこぞって壁を選ぶ。

ただ描きやすいからなのか、自分の証を残したいからなのか、人はとにかく壁を選ぶ習性みないなのがあるのだろうか。


日本ではほぼ禁止されている壁のアート。しかし海外では許可を得てアートになるなら平然としてアーティストたちは壁に描いていく。そこには平等性はあってもやはり壁に無断で絵を描く事は私は反対だ。


そんな娘も絵が描く事が好きで専用の画用紙では飽き足らず、リビングの壁や床にスペースを見つけてはクレヨンなどの油性ペンで描こうとすると、妻が怒っては彼女は泣き出す。


休みの日、車で家族みんなで海に出かけた。海岸沿いの一般道を走っていると、潮風の匂いがしてきて娘がはしゃぎだす。

駐車場から歩いていくと、目の前に広がる海がやや強い風にあおられながら波を立てている。


「砂浜に絵を描いていいよ」


娘にそう伝えると早速木の枝を探しては、寄ってくる波に足元を気にしながら彼女は喜ぶ。

1本の枝を持ち人の顔や動物などえがいていき、出来上がると私はカメラで撮ったあげた。

やがて遠くから高い波が押し寄せて、波打ち際よりこちらに向かって海水が寄っては引いた。


「あっ、消えちゃった」


自信を持って描いた絵が一瞬にして波にさらわれてしまった。


「まだ時間がある。描いてもいいよ」


娘は真顔になりひたすら絵を描いていく。写真を撮ってほしいと言ってきたので、シャッターを押そうとした時、また波が寄せては引いて絵が消されてしまった。


別の場所に移ろうかと言うと、彼女は真っ直ぐ走り出して陸寄りのところに来て何かの顔を描き始める。

しばらく見ていると、顔の数が増えていき、誰の顔かと尋ねると家族みんなの絵だと嬉しそうに話した。

写真に収めて液晶モニターを見るとみんなの笑顔が咲いている。


海風が冷たくなってきたのでもう帰ろうと告げたが、娘はしゃがみながら何かを眺めているのでのぞきこむと、貝殻を枝で突いていた。


せっかくだから持って帰ろうと言うと、2人でいくつか貝殻を探して妻が持っていたポリ袋に入れた。

駐車場に戻ろうとした時に大きな波が一気に押し寄せて、先ほど娘が描いた絵は消されていった。


「また行きたい」

「うん。またたくさんここで絵を描こう」


海を後にして車を走らせる。信号待ちをしている時に後部座席を向くと、娘は疲れて眠っていた。


何を描くのもみんなの自由。見合う場所さえあれば、こうして彼女の様に好奇心を持ちながら未来も一緒に描いていっても良いのだと願う。


のちに妻から聞いた話だが、娘は私と同じくらい格好良い人を描きたいのだと、耳元で囁きながら告げたらしい。


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雑然とした景色の中で 桑鶴七緒 @hyesu

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