お客の来ない雑貨屋さん
びゃくし
ぐちゃぐちゃな日常
「おはよーさん」
今日も今日とて面倒臭い一日のはじまり。
誰もいない店内に孤独な挨拶が木霊する。
朝の寒気に晒されながら固く閉じられた扉を開け入ったここは俺の城、しがない雑貨屋。
しかし、品揃えは抜群だ。
他の店ではまず手に入らない俺の手作りの品物ばかり。
フロッグマンの水掻きで作った潜水具、迷い草を乾燥させた夢に誘うアロマ、数キロ先まで音の届くオーガバードの嘴笛、サテラヤンマの複眼万華鏡。
ざっと見渡しただけでも自慢の一品たち。
そこにすっかり見慣れちまった嫌〜な影がいる。
あの太く挑発的に動く尻尾。
「お前また入ってきたのか! 性懲りもない奴め!」
俺に見つかった途端、妙に人間臭い仕草でハッと驚く灰色ネズミ。
特に食べ物なんか置いてやしないのに、コイツはいつも俺の店に忍び込む。
「今日こそはお仕置きしてやるぞ! 自慢の尻尾を振り回せないように重りをつけてやる!」
ハタキを振り上げ威嚇するが、かといってアイツを捕まえたことなんて一度もない。
いつの間にか居座るようなふてぶてしい奴。
棚からガラス戸、窓枠まで飛び越え走るすばしっこい灰色ネズミ。
「はぁ〜」
なんだか追いかけるのも疲れてトンと椅子に座る。
するとカランと入口の鐘が鳴った。
「いらっしゃい! 今日は何をお探……」
入ってきた客を見て意気消沈する。
ずんぐりむっくりした手足、ふさふさの橙色の毛、外見は可愛いがまん丸い目は不機嫌そうに尖ってみえる。
そいつは軽々とカウンターに登るとストンと俺の肘の先で丸くなった。
「はぁ……お客かと思えば現れたのはネコ一匹、か。寂しいね〜」
モゾモゾと橙ネコが位置を座り直す。
おい、そこには瓶詰めしてあるワーウルフの月眼が置いてあるんだぞ。
乱暴に座るな。
灰色ネズミといい、こいつもウチの店に入り浸ってばかりの迷い猫だ。
まったくなんで動物ばっかり集まるのか。
すると急にフナァーと橙ネコが叫びだす。
「またか! あの野郎!」
棚と床の隙間からぐるぐると尻尾が回っている。
あれは合図だ。
「フナァー、シャー!!」
「っ!? チュー!」
「あ〜もう、ぐちゃぐちゃだよ!!」
灰色ネズミを追って橙ネコが店の中を駆け回る。
手ずから作った道具たちが倒れ、落ち、ひっくり返る
カウンターだけでなく、棚も駆け上がるもんだから埃も舞い散って酷い有り様だ。
「あ〜あ、はぁ……」
今日も俺の仕事はぐちゃぐちゃになった店内の片付けで終わっちまうな。
「あー、普通のお客さんこねぇかな」
ぐちゃぐちゃな店内で独りごちる。
俺の愚痴なんか気に求めない二匹は今日も追いかけっこに全力だった。
店に入り浸る動物が二桁を越えた頃、俺は知る。
この雑貨屋の品物があまりにニッチなものばかりなせいで一人もお客が寄り付かなかったことを。
いつものように入り浸り暴れ回る灰色ネズミと橙ネコ目当てに訪れてくれた街の動物好きの兄チャンが教えてくれた。
それから口コミで訪れてくれるお客はみんな動物目当て。
いつの間にやら動物の餌代にしてくれと寄付を貰うようになり、それだけだと悪いからと訪れるお客の道具の修理を始めた。
雑貨たちは隅に追いやられ時々物好きが買っていくだけ。
雑貨屋さんだったこの俺の城は、動物好きの集まる憩いの場みたいになっちまった。
あー、もう俺の店がぐちゃぐちゃだよ!
お客の来ない雑貨屋さん びゃくし @Byakushi
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