そんな空で良ければ[ノーリグレットチョイス番外編]
寺音
「理想の空」。余計なお世話だと思わないかい?
「きっかけはね、同じく絵を描いていた親友に、『お前の空は空じゃない』と言われたことだった」
俺ならブッ飛ばしますね。
隣のベンチに座る彼がそう言った。
公園で、たまに顔を合わせるだけ。そんな私の話に付き合ってくれる彼だ。
そうは言っても優しいのだろう。
「まぁ、その時は私も憤慨したよ。でもその通りだったんだ」
その時は街並みを描くことが重要で、空はただそれっぽい色を塗っただけだった。
「反発して私は、狂ったように空を描いた。絵の具を混ぜて塗って、また混ぜて。思うような色が出せずに苛立ちながら。そうして描いた空の絵が、そこそこ有名になってしまってね」
そんな時だった。私が彩雲の移住権を得たのは。
「嬉しかったよ。これでより空に近いところへ行ける。どんなに良い絵が描けるだろうかとね。実際、彩雲の空はとても美しくて、私は早速描くことにした。ところが」
なんとその空は、いとも簡単に描けてしまったのだ。それも、既存の絵の具をキャンバスに塗りたくるだけで。
それもそのはず。彩雲の空は膜に投影された、ただの映像。天空都市の景観づくりの為、理想とされる空を表したものだった。
「そして、あの日だ。私は帰れなくなった。それでも写真や記憶を頼りに、空の絵を描こうとしたんだ。けれど」
無理だった。実際に空を見上げて、自分の瞳と心に映った色を描く。ずっとそうやってきたのだから。
「絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜて、苦しみながら空を描いていた頃が愛おしいよ」
「なら、帰りますか?」
彼の言った言葉を理解できなかった。何をバカなことを。そう思ったが、彼の瞳は真剣だ。
私は、ある噂を思い出す。
もしかしたら、彼は。
震える唇で、問いかけた。
「また、あそこへ帰れるのかい?」
何度も試して苦しんで、ようやく描くことができる、あの空色の下へ。
「そんな、厄介な空で良ければ」
彼は犬歯を見せつけるようにして笑った。
そんな空で良ければ[ノーリグレットチョイス番外編] 寺音 @j-s-0730
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