ナツキ先輩と正くん

ムタムッタ

汚部屋なのには理由あり



 毎週日曜日、俺は大学のナツキ先輩が住むアパートを訪れる。女性の先輩の家へ行く……とだけ切り取れば聞こえは良いが、そんなウキウキしているわけではない。


「せんぱーい? あれ、いないのかな……」


 ノックをしても玄関の金属質な扉は無反応だ。インターホンはずっと壊れてるし。


「先輩?」


 ノブに手をかけると、ロックはされていなかった。


「入りますよー?」


 ギィ、と擦れる音と共に先輩の領域へ侵入すると、すでに玄関から、ワンルームの室内はだった。


「うっわ、先週掃除したばっかなのに!」


 飲んだくれていたであろうことがわかる缶ビールの山。散乱する飲みかけのペットボトル、スープまで綺麗に飲み干したカップ麺。脱ぎっぱなしの衣類……講義で配られたであろうプリント類まで床に散乱していた。


 そう……先輩は自堕落で掃除嫌いで、汚部屋おへやの主なのだ。


ただしくぅん〜、待ちきれなかったからと言って押し入るのは減点だよぉ?」


 カーテンの閉められた室内。その隅のベッドでもぞもぞ蠢く布団から、先輩は顔だけ出した。

 

「ノック無視するからでしょ! まったく、なんで1週間で散らかせるのかなぁナツキ先輩はー」

「まぁまぁ、愚痴はともかくさっさと掃除してくれたまえ」

 

 偉そう。実に偉そうである……のだが、実際に偉いのだ。何を隠そう、この人は俺が受ける講義のテストの内容を知っている。遊び呆けて単位のやばかった俺はスライディング土下座をしながらナツキ先輩に懇願したのだ。


『教えてあげるのは構わないけど代わりに私の部屋を掃除してくれたまえ』


 最初はまさに惨状だった。

 とっ散らかるなんてものではなくゴミの山。とりあえず燃えるゴミになりそうなものは手当たり次第捨てまくり、その後のものは分別して綺麗にした。


 ……が、1週間で現場は戻っていた。

 足の踏み場こそあるが、散らかっていることに変わりはない。


『テストまでは時間があるからね〜。今週も頼むよ、正くぅん』


 なんやかんやでテストは無事乗り切ったが、今でも毎週日曜に掃除する関係は続いている。 


 というか続けないとナツキ先輩は汚部屋の主に戻ってしまう。


 こんなダメな人、放っておけない……!


 


  ◇ ◇ ◇




 私は実に良い後輩を持ったものである。


「入りますよー?」


 後輩である正くんの声が日曜のモーニングコール。あ、やば。ほとんど何も着てない。洗濯してなかったもんなぁ……


 布団に包まり、顔だけ出しつつ笑って見せる。


「正くぅん〜、待ちきれなかったからと言って押し入るのは減点だよぉ?」

 

 なんでも、正くんは遊んで勉強をほったらかしにしたせいでテストが危ういとか。私は勉強はできたからか、よくその手の頼みが来る。


 金、食事……見返りはなんでも良かったのだけれど、いい加減溜めに溜めたゴミの山をなんとかしようとちょうどいい下僕が見たかったのだ。


 まぁ、女性の部屋へ無遠慮に入るのはいただけないけども。


 今ではこうして日曜にはせっせと掃除に来てくれるのだからありがたい。散らかすのは得意だけど、片付けは昔から苦手だからね!


「もーナツキ先輩、俺が来なかったらこの部屋やばいですよ」

「だからキミがいるんだろう? 頼りにしてるよ〜」


 せっかく私が無料でスマイルをしてやっているというのに、正くんはゴミを袋にまとめている。なんともったいない。


「お世辞は効きませんからね。こんだけやってんですから、次のテストの時も頼みますよ?」

「わかってるってぇ〜、ほらほらがんばれ〜」


 聞けば、私が助力したテストは概ね良好だったとか。彼のGPAは私あってのものだと言っても、過言ではない!


 私がこうして汚部屋を作っているからこそ、キミは留年せずに済むんだぞぅ。


 こんなダメダメな奴、放っておけないね!

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