シャドウバスター玲奈

石田宏暁

テーマ〈ぐちゃぐちゃ〉

「す、好きな人がいます」


「それは素晴らしい。色々な人に興味を持つのは大切なことだよ。初めて君がきた頃は、たしか小説の脇役に恋をしていたよね」


「は、はい」制服のスカートを強く握りしめて目をキョロキョロとまわす。「それは美男子住職カケルです。〈シャドウバスターアユミ〉に出てくるキャラです」


 地味な寺の住職でありながらロマンチックなシーンに熱い憧れを持つ美男子カケル。映画館で〈シンデレラ〉を見た彼はいうのだ。


『なんて素敵な馬車なんだろう。僕は王子様にはなれないけど、あんな綺麗な馬車を引いて君を連れ出せたらいいなって思うんだ』って。


 脇役だったカケルが、私のなかで主人公になった瞬間だった。考えれば、アユミが苦しんで辛いとき共にいてくれたのは灰色のドブネズミと同じく彼だったと気付く。


 魔法で白馬になってシンデレラを城まで送り届ける地味な役回り。だが本当の彼女を知っているのは、魔女でも王子様でもなく彼だった。


 安堂裕二はそんなカケルと顔つきが似ていた。ブルーの袈裟が似合いそうな人だった。


「安堂さんは好きな人がいますか、好きな人と何処に行きますか」


「うん」彼はソファにもたれ微笑みをもらした。「同じ事務所の坂本さんは知っているよね。坂本萌花さん、来週はバーチャル空間の美術館に行こうと思ってる」


「な、なんで私じゃないんですか」


「何だって?」


「安堂さんが好きです。私と美術館に行ってください。もう仮想現実バーチャルパスも持ってます」


「いや、何を言ってるんだい。僕はカウンセラーで君は患者だよ」


 自閉スペクトラム症は病気じゃないといったのに。以前の私だったら頭をかきむしって大声をだしてソファをズタズタにしていただろう。


 ストレスの乗り越えかたは学んでいた。急いで自宅のパソコンとベッドギアをだしてプログラムをハッキングすればいい。


 すでに山ほどアプリケーションソフトを作った契約金でPCのグレードは国防総省に匹敵するスペックになっていた。プログラミングなら誰にも負けない。


 そして――私は彼の同僚のカウンセラー〈坂本萌花〉と入れ替わり安堂さんとデートをすることにした。私は坂本萌花の姿で彼と仮想空間で出会ったのだ。


 そこまではうまくいった。でも……結論からいうと美術館デートはまったく面白くなかった。安堂さんはカケルではなかった。


『いまカウンセリングしてるボサボサ頭した娘、自閉スペクトラム症なんだけどさ。そう、沼田佐江子には手を焼いてるんだよね』


「どうして?」


『金を持ってるから長く来て貰いたいとは思うけど、未だに目も合わせられないくせに、僕と付き合いたいなんていうんだぜ。あの顔で』


「か、かわいいじゃない。そう言ってたわ」


『そんなこといったかな』


「……」坂本萌花には言っていない。両親とカウンセリング事務所に行って紹介されたときに彼がにいった言葉だった。


 人と目を合わせることが出来ない。大きな音や眩しい光が怖い。アトピーの肌に触れて欲しくない。人が何を考えているのか分からない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「!!」

 

 綺麗な絵――。


 ふと仮想空間の美術館で私の足は止まった。そこには中世の貴族が乗る豪華な馬車と立派な白馬が描かれていた。


 横から彼が近付いて耳打ちするようにいった。『昔の人はどうしてこんな絵を描いたんだろうね。カウンセラーからいわせれば、馬が可哀想だよ。いまだに馬車に乗りたいなんて人の気がしれないね』


「なんですって?」


 美男子住職カケルが夢にまでみたロマンチックな美しい世界をバカにされたような気がした。「もう帰ります。ちょっと仮想現実に酔ったみたいだわ」


 私は具合が悪くなった振りをしてすぐにログアウトした。そして考えを改めて酷い仕打ちをした坂本萌花の様子をみることにした。


 私の王子様を奪った彼女を怪しげな<体験型電子書籍販売店>に送ったのだ。そこで彼女は乱暴な拷問に苦しむことになるはずだった。



「……知らないわっ。頭でも打ったの?」


「ふっ。あくまでしらを切るつもりか」


 仮想現実の世界で彼女は縛られ、拷問されていた。実害は無いのだがこうも真剣に苦しんでいるとは意外だった。


 坂本萌花はシャドウバスターあゆみと掛け合わせた顔をして鎖に縛られていた。ズタズタにされたセーラー服から大人の下着がみえる。


 いい加減なプログラムのせいで店主の見た目も所々おかしいのが悔しかった。互いに曖昧で偽物の外見では物語にならない。


 しかし何故か、嫌だった毎日を壊してくれるような爽快感があった。八巻で拷問される場面に私は釘付けになっていた。


「きゃあああっ!」


「ふはははは。このメス豚がっ」


 この茶番劇には夢と希望、そして致命的な欠陥が吹き込まれている。それを、ふたりは楽しんでいるように見えた。人間だった中島の顔は悪鬼デーモンに変化をとげていた。


「……なんて美しいんだ」


「!!」


 私は彼のぼそりといった言葉に耳を疑った。彼らは初めから外見なんて見ていなかったのだ。仮想現実のなか、彼らが見ていたのは互いの本質だった。


「…………」


「………」


「……」


「まったく話がぐちゃぐちゃで分からない。登場人物が多くて入れ替わり立ち替わりだし」


 数日後、デッドリーベアの姿をした店主と私は仮想現実で出会った。またひとりの料理人を拷問して解放した後だった。


 私は〈シャドウバスターアユミ〉の登場人物であり親友役の天才シャドウバスター玲奈の姿をして叫んでいた。


 インカムをつけたショートカットの美少女が玲奈だった。ユニフォームは胸元があいているしスカートが短すぎて恥ずかしい。


「とにかくっ、通報してしまったのは私の間違いだったんです。アユミは別のひとでした!」


「まあ、いいよ。それは」


「でも埋め合わせをしたいというか、何でも構わないので仕事を手伝わせて欲しいんです」


「……」


 玩具のビーズでできた目は真剣そのものだった。私のようなコアな読者ならその違いがちゃんと分かるのだ。


「こう見えてもさ」ぬいぐるみは、しばらく黙って困ったような素振りをみせた。「プロなんだよ。脇役みたいな仕事だけどさ、天職だと思ってるんだ。馬鹿にしてもらっちゃ困る」


「す、素敵だと思いますけど」


 ビリビリと背筋に電気が走ったみたいだった。見た目はまったく違うくせに、デッドリーベアのしぐさと台詞は、私が愛した美男子住職カケルと似ていた。


「は、はあ。本気でいってるのか。儲けはないよ、今はほとんどボランティアのレベルだ。たった一度でいいから俺だって、金持ちになって愛する女性と豪華な馬車にでも乗ってみたいけどさ……」


 彼がカケルと同じことをいったのは偶然かもしれない。でも私は感じていた。彼は見た目も身分を気にしない脇役のドブネズミで、人の本質を真っ直ぐにみる人。


 きっと私の王子様だと。



         END


         










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シャドウバスター玲奈 石田宏暁 @nashida

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