ぐちゃぐちゃ
洞貝 渉
ぐちゃぐちゃ
本棚と壁のすき間に本が落ちていた。
これはまずいと思い、本を拾い上げて恐る恐る頁を開いて見た。
案の定、活字がぐちゃぐちゃになっている。
もともとは整然と並んでいた文字の羅列が今は見る影もなく、全力でシャッフルした仕切りのないおかし箱の中のようだ。
一度こうなってしまうと、もうおしまいだった。
元に戻すには、ばらばらになった一文字一文字の活字を拾い上げ、元の場所に張りつけてやる必要がある。そのためには、ずっと前に一度読んだきりの本の文章を一字一句正確に覚えていることが必須だが、もちろん私にそんな記憶力などない。
仕方ない、捨てるか。
気に入りの本を手放すのは気が滅入るけれど、致し方ない。
ぽとり。
傾けた本の表面から、活字の「シ」が零れ落ち足元に転がる。
よく見れば頁は空白が目立つ。明らかに文字数が足りていない。本が落ちていた辺りを探してみるが埃ばかりで活字は落ちてはいなかった。
ふと見ると、服に活字の「ね」がくっついている。
これ以上活字が散らばってしまっては、部屋が汚れてしまう。私は本をゴミ箱に放り入れた。本はガコ、と音を立ててゴミ箱に入り、間髪入れずにズザザと音を立て活字が這い出てくる。
「許」が私めがけて飛んできた。
避けると今度は「差」が飛んでくる。手で思い切り叩き落とした。
「ナ」が天井に張り付き、「胃」が部屋中を走り回る。
私はため息を吐きつつ、霧吹きで濡らして活字を弱らせ、濡れ雑巾で丁寧に拭っていく。活字たちはただのインクに戻るのを恐れ、慌ててゴミ箱の本の中へ戻る。
燃やすか、水に浸すか。
ゴミの日までまだ少し日があるし、寝ている間に活字に顔の上を這われでもしたらたまらない。
どうするか考えながらゴミ箱の中に手を伸ばし、うっかり開いた本の白い頁に触れてしまった。
触れた部分から真っ黒なインクに変質して、私は活字となりすっぽりと本に取り込まれてしまった。
ぐちゃぐちゃ 洞貝 渉 @horagai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます