さよならは笑顔で終わらせて
ひなた華月
最後のお別れ
まだ肌寒さが残る4月の上旬。
私は古びたバス停のベンチに座って、次のバスが来るのを待っていた。
ただ、片田舎のバスなので、かれこれもう30分以上は同じベンチに座ったままだ。なのに、やっぱりバスを待っているのは私たちだけで、二人とも口をつぐんでしまっているので聴こえてくるのは鳥たちの鳴き声だけだった。
だけど、そんな沈黙を破ったのは、隣に座っていた耕ちゃんだった。
「……さやちゃん、今日はありがとう。僕のために来てくれて」
耕ちゃんは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら私にそう告げる。陸上をやっていた耕ちゃんの髪は、部活動を終えてから少し伸びていて、昔から短髪姿の耕ちゃんを見ていた私にとって、それはとても新鮮なことだったけれど、それも耕ちゃんにしてみれば、この片田舎の村から出ていくための準備だったのかもしれない。
そう思うと、私の胸がまた痛む。
一体、こんな思いをしたのは何回目だろう。
この痛みだけは、何度味わっても慣れることはないと思う。
だけど、そんな思いをするのも今日で最後だ。
「ううん、気にしないで。だって、耕ちゃんが寂しくて泣いちゃう姿を見れる機会なんて、もう今日しかないだろうし」
「いや、だから泣かないってば……」
「え~、そうかなぁ。あの泣き虫耕ちゃんを知ってる私としては、その言葉に信ぴょう性はありませ~ん」
そう言いながら、私はからかうように耕ちゃんの姿をじっと見つめる。
昔は私よりずっと背の小さかった耕ちゃんだけど、中学生になったくらいから私は身長を抜かされて、高校生になったときには、すっかり耕ちゃんは大人と遜色のないくらい、立派な男の子になっていた。
ただ、身体は大きくなっても、私たちの関係が変わることはなくて、小さい頃と同じように放課後は一緒に帰ったり、テスト期間に入ればお互いの家に行って勉強会を開いたりもした。
だから、私は耕ちゃんと一緒にいるのが当たり前のことで、きっと、これからもそんな風にこの関係が続いていくのだろうと思っていた。
「さやちゃん、僕、東京の大学に行くから」
耕ちゃんからそう告げられたのは、去年の秋頃の、みんなが本格的に親や先生たちと進路相談をしている時期だった。
この時の私は、一体どんな顔をしていたのだろう。
自分でも分からないけれど、多分、あまり状況を理解していなくて「ふうん、そうなんだ」みたいな適当な返事をしてしまっていたんじゃないだろうか。
だって、田舎だと進学で都会に行くことなんて珍しい話じゃないし、私の友達だって、都会の大学へ行く子はそれなりにいた。きっと、耕ちゃんもそんな一人なんだろうと思ったし、大学の4年間離れてしまうのは寂しいけれど、卒業すれば、またこの村に帰ってくるものだと思っていたからだ。
「それでさ……多分、もうこの村には戻ってこないと思う」
だから、続いてそう言われたときに、今度こそ私は頭が真っ白になってしまった。
それからの話は、耕ちゃんから聞いた話をちゃんと覚えていたのか、それとも後でお父さんやお母さんたちに教えてもらったのか自分でも分からないけれど。
どうやら、耕ちゃんは大学を卒業後、彼の叔父が経営する会社へ就職する予定になっているらしい。昔から、耕ちゃんは機械をいじったりするのが好きで、その勉強を叔父さんの会社で学びたいそうだ。
そんなこと、私には一度も教えてくれなかったのに……。
だけど、それが耕ちゃんのずっと抱いていた『夢』だったのだ。
それなら、私はその夢をちゃんと応援してあげるべきなのだろう。
だって、それが『友達』として、私が出来る唯一のことなのだから。
そして、こうやってバスを待っているわずかな時間も、私にとっては貴重な時間のはずなのに、出てくる会話はいつも通りの、全く脈絡もない話ばかりだ。
――本当は、最後のお別れをちゃんと言わないといけないのに。
「……ねえ、さやちゃん」
すると、そんな私に向かって、耕ちゃんが告げる。
「僕のこと、ずっと忘れないでいてくれると嬉しいな」
そう言った耕ちゃんは、どこか満足気な顔を浮かべていた。
「僕はさ、さやちゃんがずっと一緒にいてくれて本当に楽しかったんだ。この村に来た時だって、最初に声をかけてくれたのはさやちゃんだし」
「えっ? そうだったっけ? 全然覚えてないや」
そう答えてはみたものの、本当は私もちゃんと覚えていた。
こういった村だから転校生なんて珍しいし、当時の耕ちゃんは人見知りが激しかったので、私が色々と無理やり連れまわしている内に、いつのまにか耕ちゃんが私の後ろに付いてくるようになったのだ。
「ええっ……僕にとっては大事な思い出なのにな……。やっぱり、僕のこと忘れないか心配になって来たよ……」
がっくりと肩を落とす耕ちゃんだったが、その不安を振り払うように肩を揺らしたのち、改めて私に告げる。
「さやちゃんは、これからもこの村で過ごすことになるんだね」
「……だね。一応、これでも村長の娘だから」
「……そっか」
それは、耕ちゃんが最後に私に確認したいことだったと思うのは、さすがに傲慢かもしれない。
だけど、もしこのあと、万が一にも耕ちゃんから「一緒に付いてきて」と言われていたら、私はどう返事をしていただろうか?
「頑張ってね、さやちゃん。さやちゃんが村長になったら、きっと村も今まで以上に元気になると思うよ」
しかし、耕ちゃんから返ってきた言葉は、私に対する激励の言葉だった。
「いやいや、確かに私は村長の娘だけどさ。村長になるかは分からないって。もしかしたら、私が結婚してお婿さんがやってくれるかもしれないし」
「あっ、そっか。でも……さやちゃんが結婚か……うん、その時は絶対、結婚式に呼んでね」
「えー、どうしよっかなー。村を捨てた若者を呼ぶのはちょっとな~」
「ええっ!?」
「嘘嘘、はいはい、分かりました。私の素敵な未来の旦那さんを、耕ちゃんにも見せてあげるよ」
そう言ったところで、ようやくバスがこちらに近づいてくる音が聞こえて来たかと思うと、舗装もされていない山道をゆっくりと登ってくる様子が私たちの目に移る。
「……バス、来ちゃったね」
耕ちゃんが独り言のように呟くと、隣のベンチに置いていた大きなリュックへ手を伸ばした。そして、バスが私たちの目の前で停車すると、耕ちゃんは立ち上がって乗車口まで歩いて行く。
これで、本当に私たちは別々の道を歩むことになってしまう。
「じゃあね、さやちゃん」
最後に振り向いた耕ちゃんは、私にそう告げる。
「うん。バイバイ、耕ちゃん」
自動ドアが閉まり、席に座った耕ちゃんは、窓から私が見えなくなるまで、ずっとこっちを見ながら手を振ってくれる。それに応えるように、私もずっと手を振った。
そして、もうバスが見えなくなってしまったのを確認して、私は膝を折ってその場にしゃがんだ。
「……私の馬鹿……! なんで最後くらい……素直になれないかな……!」
本当は、ここに来たのは耕ちゃんを見送るためなんかじゃない。
ちゃんと最後くらい、私の本当の気持ちを耕ちゃんに伝えようとしたのだ。
私は、耕ちゃんのことがずっと好きだった。
だから、ずっと一緒にこの村で過ごしたいって、そう我が儘を言うつもりだったのだ。
そうしたら、優しい耕ちゃんはきっと、この村に残ってくれると思っていた。
耕ちゃんの夢なんて、どうでもいい。
私は自分勝手になって、耕ちゃんを引き留めるつもりだった。
だけど、私は耕ちゃんを見送ることを選んでしまった。
この、ずっとぐちゃぐちゃになった気持ちを抱えて生きていかなくてはならないと思うと、自然と目に涙が溜まって、二度とこの場から立ち上がることができないくらい、身体が重くなっていた。
……それでも、私はその重い身体をなんとか支えて、立ち上がる。
もしかしたら、もう二度と耕ちゃんとは会えないかもしれないし、あんなことを言っていたけれど、耕ちゃんのほうが私を忘れてしまうかもしれない。
だけど、私は耕ちゃんのことをずっと忘れないし、彼と過ごした日々のことは私の淡い青春となってくれている。それが、耕ちゃんにとっても同じならば、それだけで今は嬉しく思うことにしよう。
そして、どうか耕ちゃんが見た私の最後の姿が。
いつも通りの、私の笑顔でありますように。
さよならは笑顔で終わらせて ひなた華月 @hinakadu
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