桐永のちょっとぐちゃぐちゃな放課後

葛鷲つるぎ

第1話

 ぐちゃぐちゃになった紙を、伸ばす。

 これまたぐちゃぐちゃになっている教室の前で、淡い紫色の目を閉じ、桐永とうえいは呟いた。


「あやかしの、馬鹿野郎…………」

【結界を張り忘れたな】


 教室は迷い込んだ妖怪の手により、しっちゃかめっちゃかであった。

 桐永が不慣れな手で労して作った式札も、割れた窓ガラスから吹き込む風で全部どこかへ飛んでいた。いま手元で広げたのはその一枚である。

 今また風が吹いて、桐永の長い黒髪が揺れた。


 そんな彼の、しおれた声に答えたのは、桜蔵さくらだ。桐永の内に故あって存在する、友達である。

 桐永は、惨状を目にしながら疑問をこぼした。


「結界、張る必要あったんだ……?」

「通常はないかな……」


 後ろから、銀髪の少女が答えた。放課後、さあ帰ろうというところで、桐永の悲鳴を聞いて駆けつけたのだった。先ほどのあやかし討伐劇は小耳に挟んでいたので、彼女は級友が残党に襲われたのかと思ったのだが違うようだった。


「良いところに! 八千代やちよ、手伝ってください!」


 桐永は級友の声を聞くと勢いよく振り返り、両手を合わせて拝んだ。

 八千代はため息をついた。


「……貸しだから」

「一筆入れる?」

「入れなくていい」


 答えるや、自身の能力の一つである風操作で紙くずと化した式札を集めていく。


「ありがとう、八千代」


 桐永は教室を直しながら、礼を言った。八千代はそっぽを向いたまま口を開いた。


「……結界だけど、学校には結界が張られてあるんだから、教室にまで張るなんて何をそんなに? って話でしょ。……まあ、張る奴の方が多いけど」


【何か企んでる奴多すぎないか?】

「桜蔵が、企んでる奴多すぎないか? だって」


「あれは単にプライベートを詮索されたくないだけ。だから、中身がなにかは知らないけど、だったら学校でやんなって思わない?」


 八千代は眼鏡をかけているが、眼鏡が大嫌いなな少女である。一筋縄ではいかない性格だ。


「八千代、推測は出来てそうだね」

「当然。確証だけはないけど」


 あれは先生に、これはこっち。と、ぐちゃぐちゃになった教室を元に戻していく。

 式札も無事回収し終えるとその総量に、二人は揃って大きく息を吐き出した。


「終わった……!」

「八千代、本当にありがとう。お礼、何がいい?」


 桐永は作り直さないといけない式札に頭を悩ませつつ、改めて級友を見遣った。が。


「何言ってんの。貸しって言ったでしょ。それじゃあ、また明日。後は一人でよろしく」


 八千代は疲れを滲ませながら、きっぱりそう言って家に帰った。


「……なんだか、ぐちゃぐちゃな気分」


 桐永は唇をツンとさせた。


【疲れてるせいだろ。八千代は最初から言った通りだ。それを曲げたのは桐永】

「ちょっと忘れちゃってたんだよ。疲れたから。まだまだ疲れるし!」

【お前も早く学校を出た方がいいぜ。それ、ここで作り直すつもりか?】

「家帰って、父さんに手伝ってもらおうと思います! あ〜〜。代わりに何させられるかなあ〜〜!」


 空の色はまだ明るいが、すぐにでも暗くなるだろう時間帯。

 桐永はぐちゃぐちゃになった式札を鞄に詰め込むと、色々嘆きながら、事後報告をしに職員室に向かう。


 そうして。

 事後報告した桐永は、忙しそうな担任がさらにぐちゃぐちゃな空気を背負ったのを見て、少し反省するのだった。



 窓ガラスが割れたなら、先に、連絡。危ないから。

 はい。すみません。


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桐永のちょっとぐちゃぐちゃな放課後 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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