【KAC20232 ぬいぐるみ】復讐のうさぎ

天猫 鳴

復讐

 灰原脩斗はいばらしゅうとがふと気づくと、薄暗くて広い空間に立っていた。復讐したい、そんな気持ちだけが胸の中にどすんとあった。


「はい、こちらに来てください」


 何度か聞こえたその声が自分に向けられていると知って、脩斗は声の方へ目を転じた。

 横一列に並んだ机をはさんで人々が対面で話をしている。それは役所を連想させる空気感だった。


「こっちに来て、早く」


 先程とは違う声に呼ばれて脩斗はそろりと声の主に近づく。

 脩斗と同じ20代くらいの青年が無表情でこちらを見ていた。無表情でありながら圧を感じさせてくるから、黙って椅子にかける。


「天国へようこそ」

「は?」


 きょとんとしている脩斗を気にもとめず、彼は業務的に説明を始めた。手元のノートに目を落としたままの姿からドライな印象を感じる。


「天国の入口の案内人です。よろしく」

「はぁ・・・・・・」

「死んだら三途の川を渡る。当たり前の事ができない人が増えているので、近年作られた部署です」

「はぁ」


 無表情に加えて平坦な声、対面する相手からは感情が感じられない。


「あの・・・・・・もしかして、ここ○役所ですか?」


 半笑いで尋ねた脩斗に彼は露骨に嫌な顔をした。


「ドラマ見てたんですか?」

「小説の方を」

「ふぅん」


 しらけた顔のまま脩斗を見ていた彼は、気を取り直して話を進めた。


「形式的な確認です。鬱や認知症の方は自分の心を縛ったり心に蓋をしてたりして、一時的に記憶を失ってることがあるんです。天国に向かうまでのロスタイムを減らすため確認してます」


 そう言うものかと納得した脩斗。だが、すぐに表情が変わった。


「天国には行きたくない」

「困りますね」

「復讐したいんだ!」


 案内人の口から大きな溜め息が転がりでた。


「貴方は現在、人生3回目を終えたところです。つまりスターの3つ目を獲得したところ」

「どこから現世に戻れるんだ?」


 脩斗の声を無視して彼は続ける。


「5スターを集めると魂レベルが上がって、ご自分の意思で下界へ行けるようになります。いまだと天使の手伝いでポイントを貯めてからなら行けますよ」


 脩斗のこめかみからプチッと小さな音がした。


「ちんたらしてらんないんだよ!」

「苦行コースなら早くポイントが貯まります」

「そんな事してらんないんだよ! ・・・・・・うわっ!」


 怒鳴った脩斗の目の前で無表情な青年が見る間に鬼へと変化していった。


「お前みたいな低レベルな奴なんて下界に行けたところで復讐どころか物質化もできなくて気づかれもしねぇんだよッ!!」


 口をあんぐりと開けて見上げる脩斗は無意識に手を股間に当てていた。


(漏らしてない、大丈夫)


 こんな時に何を気にしているんだろうと、意識の遠いところでもう1人の自分が苦笑いしてる。そんな事を感じられるくらいには落ち着きがあった。


「復讐・・・・・・したいんだ」


 悲しみとも怒りともつかない涙が目尻から伝い落ちた。


「まぁ、追い込まれてたようだから、その気持ちはわからなくもない」


 しゅうと音を立てて鬼から青年の姿へと戻った彼は無表情な声でそう言った。


「こらしめたい。辛い思いをさせたい」


 ぽつぽつと言う脩斗の声を聞きながら、鬼君はノートの端を指でいじっていた。


「怒りポイントなら復讐ラインギリギリくらいは貯まってる」

「それって・・・・・・」

「ん~、まぁ行けなくもない」

「復讐できるのか!?」

「大きなダメージは与えられないかもしれないけどな」

「行かせてくれ!」


 脩斗は笑顔で身を乗り出した。久々の笑顔だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 脩斗が目をそっと開けると見知らぬ部屋のなかにいた。そして、視界いっぱいに入り込んできたのは女の子。


(だれ?)


「ラビー、きょうは何をして遊ぼうか」


 抱き上げられて頭や体をなでられてくすぐったい。鏡に映る少女と自分を見て鬼の言葉を思い出した。


(あ、そうだ。ぬいぐるみの中に憑依したんだった)


 怨霊の乗り移ったぬいぐるみ。

 夜な夜な恐ろしい目に会わせてやると意気込んでやってきた。


 ピンク色だろうがもふもふの気持ちよい体だろうが関係ない。置いていない場所に居たり夢枕に立ったりして怖がらせてやるんだ。


「ラビー大好き。ちゅっ」


(へっ!?)


 抱きしめられてキスされてどきりとした自分に驚く。


(俺はロリコンなんかじゃない!)


 でも、彼女との日々が楽しくてうきうきと過ごしてる自分に気づいてしまった。


「パパお帰りなさい」

「ただいま」

「ラビーもパパを待ってたのよ」

「おお、ラビーただいま」


 彼女に抱かれた脩斗は彼女ごと憎いあいつに抱きしめられて、あいつに頭をなでられる。脩斗の知らなかったあいつの優しい一面を毎日見ることとなった。


(復讐、するはずだったのに)


 家族のにぎやかさが幸せに感じた。父を知らなかった母子家庭育ちの脩斗は、なぜか疑似家族に癒されていた。


(復讐したかったのにな・・・・・・)


 彼女に大切にされて結婚しても連れていってくれて、最後はボロボロの姿で彼女の棺に収まった。



 燃えて焼かれて煙になって。

 脩斗を見て驚く彼女と笑いあった。



 復讐は復習に変わっていた。

 ある意味、脩斗は生き直したのかもしれなかった。




□□□ おわり □□□





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