三百万個売れたあいつ【KAC20232『ぬいぐるみ』】

石束

オグリキャップ回想

 ミヤさんは「穴党」である。


 ◇◆◇

 

 競馬はミヤさんの趣味である。

 競馬場にはいかないが近所の場外馬券売り場にはよく通う。大きく勝つの負けるのではない。頭をひねって自分なりに法則を見つけたりこじつけてみたり。そして、その結果を友達と話すのが楽しいのだ。


 ちなみに。ミヤさんはいわゆる穴党であった。


 穴党の「穴」は大穴の「穴」である。

 誰もが勝つと予想する一番人気の馬券を買っても配当は少ない。ならば、人気薄の馬にかけて一発ドカンと儲けてやろうと、そういう魂胆である。


 さて。

 寄り道して少々遅くなったが、今日も今日とて行きつけの場外にいくと、知った顔が待ち構えていた。


「ミヤさんどうするの? 何を買うの」


と幹蔵が聞いてきた。なんだい藪から棒にと思ったら


「いや。ミヤさんが買った馬は『必ず』負けるじゃん」


 これが仲間内の評価である。

 失敬な。穴党には穴党のプライドがある。自分は「負けそうな馬」を買っているのではない。「勝ったら楽しい馬」を買っているのだ。


「いやさ、だからね。今日はオグリキャップの最後のレースじゃない? ミヤさんいかにも買いそうだなって」


 そう。今日は1990年12月23日。第35回有馬記念。かねてより限界説がささやかれていたあの「怪物」――オグリキャップ最後のレースだった。


 ◆◇◆


 そして、その後の「反省会」(飲み会)で。

 ミヤさんがオグリキャップの馬券を買っていなかったことが判明した。


「馬券の分しか持ってきてなくてさ。孫へのクリスマスプレゼントを買ってなかったことを思い出して。デパートによったんだわ」


 そういって、机の上にオグリキャップの、どこへ行っても品薄で手に入らないと評判の、あの「ぬいぐるみ」を置いた。


「まあ、なんというか。あれだな」


 えへんと、買ったウマが必ず負けると評判のミヤさんは胸を張った。


「オグリキャップはワシが勝たせた」


 わりと気にしてたらしい。

 


 

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