ぬいぐるみが好きな女の子

寺澤ななお

ぬいぐるみが好きな女の子

 ぬいぐるみが好きな女の子に恋していた。


 具体的に誰かに恋していたという話ではない。

 理想。もしくは妄想の世界の話である。


 むしろ、僕の幼馴染は真逆だった。

 食べられずに残したナポリタンのピーマンを無理やり、ぬいぐるみの口に押し込んでいる光景は大人になった今も言えないトラウマだ。


 やはり、熊のぬいぐるみが望ましい。

 小さい頃はおままごとの相手。

 学校に通うようになってからはいつもベッドの横に置いてあるのが理想だ。悲しいことがあったときは涙を見せる唯一の相談相手となる。


 俗世に染まっておらず、純粋な心を持ち続けている女の子。

 それが僕の理想だった。



「子どもじゃないんだから」


 社会人2年目、付き合いはじめてから初めての誕生日。僕は彼女に熊のぬいぐるみをプレゼントした。

 彼女はあきれたように笑いながらも、大事にそれを抱きしめていた。

 その日、宝物を守るようにぬいぐるみを抱えながら眠りにつく彼女の寝顔を見て、この人と結婚すると心に決めた。


 1年と半年後、その願いは叶う。

 結婚するまで、ぬいぐるみは彼女のアパートの玄関に大切に飾ってあった。ほこりがかぶったことは一度もない。



 ――それからさらに3年がたった。もう妻がぬいぐるみを抱きしめることはない。


 ぬいぐるみはいつも愛娘のそばにある。

 遊ぶときも、食事をするときも、眠りにつくときも

 もちろん、嫌いな食べ物を押し付けるようなことはしない。


 経年劣化は避けられないようで、ぬいぐるみはもうボロボロだ。

 ナチュラルブラウンの毛は色あせ、今ではむしろシロクマに近い。


「もう疲れたよ」


 ガラスでできたブルーの瞳が僕にそう訴える。

 ややくたびれた笑顔で・・


 ジュースで汚れしまった毛並みを布巾で拭きながら、僕は「申し訳ない」と彼に語り掛ける。


 もう少々、彼女のそばにいてほしい。

 そして彼女を支えていてほしい。 


 彼女にとって本当に大事な人と巡り合うその日まで。

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ぬいぐるみが好きな女の子 寺澤ななお @terasawa-nanao

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