魔法使いの弟子と初めての使い魔

葛瀬 秋奈

第1話

 13歳の誕生日の夜、師匠が手のひらサイズのクマのぬいぐるみを渡してきた。師匠というのは私が住み込みでお世話になっている魔法使いの師である。

 普通に考えたら誕生日プレゼントなのだが、祝いの言葉もなく急に手渡され意図をつかめず、彼の顔を見上げると真顔で見つめ返された。なまじ顔が良いものだから妙な迫力がある。


 これも修行だ、と師匠は言った。


「修行、ですか?」

「ああ。毎晩寝る前にこいつの頭のに手を当てて呪文を唱える。すると幾日か後にこいつが動き出すようになる。いわゆる使い魔を作るための修行だな」

「え、使い魔って……あの使い魔?」

「どの使い魔だよ。魔法使いの使い魔と言ったら一種類しかないだろうが」

「使い魔もらえるんですか?」

「手に入るかどうかはお前次第だな」

「使い魔作るのってぬいぐるみとか使うんですね!」

「僕ぐらいになると紙切れ一枚からでも作れるが……まあ、初級だからわかりやすい形にしてみた」


 喋りながら師匠は懐から短冊型の小さな紙を取り出し、空中へ放り投げた。その紙は白いハトへ変わり、リビングルームを一周旋回して師匠の手に戻るとまた紙になった。手品のように鮮やかなその手際に私は小さく拍手を送った。


「これは簡易的なやつだが、普段からストックを作っておくとこういうこともできる」

「すごいです!」

「繰り返すようだが、ちゃんと動くようになるかはお前次第だぞ」

「はい。でも師匠、一言だけいいですか」

「なんだ神妙な顔をして」

「どちらかというとクマさんよりネコさんのほうが良かったです」

「片腹痛いわ」


 そんなわけで師匠にもらったぬいぐるみを自室に持ち帰り、毎晩言われた通りの動作を繰り返していて、ある日ふと気づいた。「名前をつけるべきでは?」と。確か師匠も以前、名付けをすると念がこもりやすいみたいなことを言っていたはずだ。


「名前……名前かあ……うーん」


 自分で思いついたくせに良い名前がなかなか浮かばない。これがシロクマだったらポーラ一択だが、この子は師匠の髪色にも似た銀色がかった灰色なのだ。


「灰色……グレイ……じゃあ宇宙人だし、グレイルじゃ聖杯だし……あ、グレースにしよう」


 確か意味も「優美」とかそんな感じだったはずだし、どことなく気品のあるこの子にぴったりな気がしてきた。翌日、師匠にもそのことを伝えると、何故か無言でニヤニヤしていた。気味が悪かった。


 そして、誕生日から3ヶ月が過ぎたある朝。こめかみのあたりにポフポフと柔らかいものがあたる感触で目を覚ました。何事かと眠い目をこすりながらまぶたを開けると、グレースが動いていた。私は着替えも忘れて師匠を呼びに行った。


「師匠、グレースが動きました!」

「おお、意外と早かったじゃないか。おめでとう」

「誕生日にも言わなかったのにここで言うんですね、ありがとうございます!」

「これでようやく半人前だな」

「…………はんにんまえ?」

「さすがに一人前とは言えないだろう」


 師匠が指さした先には、くたっと横たわったグレースの姿が。師匠を連れてきた時点では自立して手を振っていたのに、今はもうすっかり動かない。撫でたり叩いたりしても無駄だった。


「な、なんで……?」


 浮かれた状態からのショックが大きすぎて体がふらりと崩れ落ちそうになる。


「魔力の質と量の問題だなぁ。もっと成長してより効率的に魔力を練り上げられるようになれば、もっと短い充填期間でもっと長時間動かせるようになるよ」

「充填ということは、あの動作って魔力を込めてたんですね」

「教えた呪文は無機物に魔力を通すためのものだからな。逆になんだと思ってたんだ」

「だったらまた魔力を込め直せば動くということですね」

「まあな。自分に都合のいいところしか聞こうとしないやつには無理かもしれないが」

「ヒドイ!」

「お前が悪い。ところでな、ずっと思ってたんだが、その、グレースという名前だが」

「何でしょう?」

「いくら僕が神の如き偉大な魔法使いでも、『恩寵』というのはさすがに大げさすぎやしないか。いや、気持ちはわかるが」

「……あの、ブーメランってご存知ですか」


 ここへきてようやく師匠がニヤニヤしていた理由がわかった。でもグレースに罪はないし一生懸命考えた名前を変えたくもない。というか師匠に言われて変えたみたいになるのが嫌だ。

 そんなわけで私の部屋には、14歳を迎えた今でもグレースという名のクマのぬいぐるみが鎮座している。相変わらず私の魔法の腕は成長してないが。


「ところで師匠、タグとか見当たらないようなんですけど、どこであの子を買ってきたんですか?」

「工場生産の既製品なんて雑念の混ざりやすいものを、弟子の修行に使わせるわけないだろう。僕の手作りさ」


 別の念がこもってそうで怖いなんて、師匠の前で言えるわけもなかった。


 (了)

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