ミステリーよりミステリー

マードック妻子殺害事件

日本ではこの事件について報道されていたのかどうかわかりませんが、アメリカでは6週間にわたり、この裁判の様子は全国ニュースで放送され、人々の注目を集めていました。

2021年 6月 7日の夜、米サウスカロライナ州のある町の別荘で、マギー・マードック(52)と次男ポール(22)が何者かに撃ち殺されました。

発見者は夫であり父親のアレックス・マーデック（当時52)で、

百年も続く著名な弁護士一族のひとりで、彼自身も弁護士でした。

そのアレックス・マードックがふたりを殺害したとして起訴されたので、最初は驚きました。そして12人の陪審員も決まり、いよいよ裁判が始まったのです。

アレックス・マードックは裁判には慣れていますし、強力な弁護士を雇っていますから、どんなふうに戦うのでしょうか。

その現場は別荘といっても狩猟用別荘で、1700エーカー（東京ドーム約148個分)ですから、想像できない広さです。ものすごい金持ち。

その敷地内には母屋、それと少し離れたところに犬小屋があります。その餌やり場でポールが、近くの草の上でマギーが射殺されました。

射殺された時刻は8:50pm頃だと検察側は考えています。

スマホの記録などもありますから、その日のアレックスの行動はほとんどわかっています。

肝心な部分のタイムラインとしては、その夜、アレックスは母屋で3人で夕食をとった後、居眠りをし、9pm頃起きて、運転して20分くらい離れたところに住む母親(認知症)を訪ね、10pm頃帰ってきて射殺されているふたりを発見。

警察に電話をしたのが10:07pm。

その日、アレックスは一度も犬小屋に行っていないと主張していました。

裁判ではアレックスがお金に困っていたり、鎮静剤中毒だったり、前日に弁護事務所を首になっていたとか疑わしいところがありましたが、家族をないがしろにする人ではないように見えました。誰が妻と息子の頭を狙い撃ちなんかするでしょうかね。

陪審員の中のひとりでも、彼が無罪だと主張すると、彼は有罪にはなりません。

そんな中、決定的な証拠が見つかりました。

それはポールのスマホの中にありました。電池が切れる寸前に、キセキ的な動画が残されていたのです。

ポールはその日、幼馴染みのローガンから頼まれ、彼のラブラドール・レトリバー「キャッシュ」を預かっていました。このキャッシュのしっぽの状態がよくないので、そのことをフェイス・タイムで話おうとしたのですが、接触がうまくいかなくて、ローガンがテキストで、そのビデオを送ってほしいと頼んだのです。ビデオを獣医に見せたいから。

それでポールがキャッシュを犬のケージから出して、尻尾を撮影しようとしていた時、偶然にマギーの声がはいりました。

「鳥をくわえている」というのです。その犬は「ババ（バーバラ)という犬で、男性の声で「ババ」と呼んでいるのが聞こえます。これはアレックスの声でした。

このビデオは8:44から数分間撮影ですが、これがローガンに送られることはなかったのです。なぜなら、この直後にポールが射殺されたからです。

ポールのスマホにこの動画が残されていることがわかったのは、事件から1年後のことのようですが、これが決定的証拠になり、

アレックスはその夜、犬小屋にいたことを認めました。

警察から疑われるのではないかと恐ろしくて嘘をついてしまったけれど、自分は犯人ではないと主張しましたが。

もし、その夜、キャッシュの尻尾がおかしくなかったら、ババが鳥をくわえてこなかったら、ポールがビデオを撮影していなかったら、アレックスは有罪にはならなかったでしょう。

このミステリーは小説よりミステリーで、「事実は小説より奇なり」とは本当ですね。

これまでも、この一家はポールがボート事件を起こして女友達が死んだり、長男の友達と言われるあるゲイの青年が不審死をしたり、メイドが階段から落ちて死亡したり、アレックスが頭を撃たれたり（かすり傷・・・本人が仕組んだ)などの事件がありましたが、なにせ首席検事を3人も輩出した名家、法的に影響力をもつパワフルな一家でしたから、これまで誰も逮捕されることはなかったのです。

しかし、今回はアレックスは有罪判決、2回の終身刑を言い渡されました。刑罰というのは何かの理由で軽減されることがあるのですが、2回ですからね、一生。外に出てこられるチャンスはないということです。