お揃いと失恋

石衣くもん

お揃いと失恋

「あの、私も買ってもいいでしょうか……!」

「……気に入ったのなら」


 驚いた後、少し困った表情の先輩に、お揃いを許可してもらえたぬいぐるみ付きのキーホルダーを、私はまだ手離せないでいる。




 大学生になって受講していた心理学の授業で、一つ上の女の先輩に一目惚れした。今まで異性にも一目惚れなんてしたことがなかったし、同性を好きになることも初めてだった。

 少しきつく取られてしまいそうな涼しげな目元に、背もすらりと高く、スタイルの良い容姿に憧れた。先輩のことを目で追うようになり、完璧主義で妥協せず、自分に厳しいストイックな内面を知って、ますます好きになってしまった。


 ただ、同じ授業を受けているだけで、なかなか接点がなく、こっそり見つめているだけの私に気づいてくれたのは、先輩ではなく、先輩の友達だった。


「君、いっつも近くの席にいるよね? 偶然?」

「あっ、すいません、その、えっと」

「ちょっと、言い掛かりはやめなよ。ごめんね、困らせて」


 友達を連れて立ち去ろうとする先輩に、ここで何もしなければ、きっと何も変わらないと


「あの! お友達に、なりたくて!」


と、勇気を振り絞った。先輩も、先輩の友達もびっくりしていたが、友達の方が


「面白いね、君! いいよ、友達になろう!」


と、笑いながら言ってくれた。緊張で、下を向いたまま何度も頷いたが、先輩は何も言ってくれなかったので、どういう反応をされているかわからなかった。


 その日から、時間があえば私たちは三人でよく会うことになった。いや、正しくは先輩の友達が、先輩といる時に私を呼んでくれるようになった。


 学食で一緒にご飯を食べたり、勉強を見てもらったり、私は緊張してうまく喋れなかったが、二人とも親切にしてくれて、私は少し先輩と距離が近づいたような気になって舞い上がった。


 ある日、雑貨屋に買い物に行きたいと言った私に、二人が付き合ってくれることになった。私は、いつもお世話になっている二人に何か贈り物をしたかった。だから一緒に見て回って、二人が気に入ったものを買って渡そうと思っていた。


 雑貨屋で色々見て回るうち、ウサギのぬいぐるみ付きのキーホルダーが売ってるコーナーで


「あ! これあんたが好きなキャラクターのやつじゃん!」


と、先輩に先輩の友達が言った。先輩は少し照れくさそうに


「まあ、うん、こっちは持ってるね」


と、にんじんをかじっているウサギのキーホルダーを指差した。


「意外と少女趣味なんだよ、この人、かわいいよねー」

「ちょっとやめてよ、もう」


 私は、なんだか私がお邪魔虫になったような居心地の悪さに焦り、先輩が持っていると言ったウサギのぬいぐるみを手に取り、思わず


「あの、私も買ってもいいでしょうか……!」


と言ってしまった。当たり前だが、買うことに先輩の許可などいらないわけで、私が取ろうとした許可は、先輩とお揃いで所持していいか、という確認だった。


「……気に入ったのなら」


 多分、先輩は私がお揃いのぬいぐるみを持つことを、良しとしていなかった。でも、大人の対応で許可してくれたのだ。私は、それがわかったのにもかかわらず、先輩の優しさにつけこんで気に入ったわけでもないウサギのぬいぐるみキーホルダーを購入した。


「あー……私、もう帰んなきゃいけないんだよね。二人はせっかくだし晩御飯でも食べて帰りなよ! じゃね!」


 先輩の友達は、すれ違いざま、私に


「ファイト!」


と言った。私の気持ちに、彼女は気づいてくれていて、気を遣ってくれたんだとわかった。

 私は、その気持ちが嬉しくて、今なら先輩に好きだと言えると思った。意を決して先輩の方を向いて


「じゃあ、せっかくですし何か食べたいものは」


ありますか、と聞こうとして、言葉に詰まった。

 先輩が、とても悲しそうな顔をしていたからだ。


「ごめん。私、お腹空いてないから。今日はもう、解散でいいかな」

「……はい」


 先輩はもう一度、ごめんと言って、友達を追いかけていった。もしかしたら、先輩は友達を私に取られたと思ったのかもしれないし、先輩も、同性である友達に恋してて、私を恋敵だと思ったのかもしれない。

 わかっていることは、先輩が私を拒絶したということだけだった。


 私は泣きながら家に帰り、買ったばかりのウサギのぬいぐるみを捨てようとした。でも、できなかった。


 きっと、もう先輩には会えないし、会ってはいけないと思った。けれど、先輩のことを好きじゃなくなるまでは、許してもらえたお揃いのぬいぐるみを、私は手離せないのだろう。

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