第29話 先生は本名で呼ぶと怒る
「先生、先日はありがとうございました」
コタローは、パソコンのモニターに映る先生に向かって頭を下げた。
『うふふ。良いのよぉ〜!あたしとコタローちゃんの仲じゃない』
先生はいつのものように、左手を口元に当ながら、右手をひらひらと振った。
唐突に『オバチャンか!』と、ツッコミを入れる朔夜の姿が脳裏に浮かんだが、先生は出会った時からこうなので、コタローは今更気にも止めていない。
艶々に磨かれた爪には、今日も色とりどりの綺麗な模様のネイルが施されていた。
『でもぉ、どうしてもって言うならぁ〜』
五芒星のような模様のネイルが施されている人差し指で、ウェーブがかかった長い黒髪をクルクルと指先で弄びながら、先生が身体をクネクネしだした。
朔夜から『先生がクネクネしだした時は、大抵面倒くさいこと言い出すから、その時は名前で呼べよ』と言われていたので、コタローはその通りにすることにした。
「
『いやーーー!やめて!そのダサい名前で、あたしを呼ばないで!!』
コタローが敬称を付けて本名を呼び終わるよりも早くに、先生の悲痛な叫び声に遮られた。
「……了解。
『もぉ〜!!漢字は良いのに、何でわざわざダサい方の読み方で、名付けるのかしら!?』
先生は頰を膨らませてぷりぷりと怒り出した。
『コタローちゃんに、無粋な入れ知恵をしたのは朔夜よね!?くっ……余計な真似を……!!あたしは、純粋にコタローちゃんを愛でたいだけなのにぃ〜!!』
野太さの混じった金切り声を上げながら、先生が地団駄を踏んでいる。
先生こと――【
通称【
父が寺の三男で、母が神社の次女という。異色の組み合わせであるにも拘らず、縁を結んだ両親から産まれた蓮王は、赤ん坊の頃から霊や災いといった類のモノが見えたという。
その稀有な能力を生かすために、幼い頃から両親のそれぞれの実家で修行をさせられた先生は、気付けば【最強除霊師】という肩書きが付く能力者になっていた。
昨今の心霊ブームと、【最強除霊師】の名に相応しい実力により、除霊依頼や相談依頼は絶えず、数年先まで分刻みでスケジュールが埋まっているらしい。
実力も然ることながら、先生の人気を加速させているのは、見た目の良さにもよる。
顔、身長、筋肉。
アラフォーになったはずの先生は、世の中のありとあらゆる理想を全てバランスよく詰め込んだハイスペックなイケメンなのだ。
大天使に見間違えてしまいそうなほど麗しいのに、口を開けばバリバリのオネエ言葉。オバチャンのような仕草や態度。その見た目と中身との濃いギャップがウケて、メディアにも引っ張りだこなのである。
先生自身のYou◯ubeチャンネルも大人気で、間もなく登録者数が一千万人になるそうだ。
本人は『身体は男の子だけど、心は女の子♡』と公言しているが、本当のことなのか、作っているキャラなのか。実際のところは分からない。
この類いの話題は、そもそもが繊細で取り扱いが難しいことと、何やら複雑そうな事情を抱えていそうなことが、折々で感じられることがあるために、敢えて触れないようにしていた。
――因みに、朔夜は先生に対して過剰な反応するために、揶揄われていると思っている。
コタローにとって、先生は身を守る術を教えてくれた大切な恩人であり、師匠である。そこに性別は関係ない。
そもそも、長年悩まされ苦しめられ続けた『幽霊』という存在に比べたら、生きている人間の性別なんて、気にする必要もない些細なことだった。
「先生、朔夜が御守りのお礼言ってました」
『…………え?あ、……ああ。アナタ達をちゃんと守れたなら、お礼なんて要らないわ。……って、もう。コタローちゃんは、今日も相変わらずのマイペースね』
「…………?ありがとうございます」
『褒めたわけではないのだけれど、まあ、良いわ。コタローちゃんだものねぇ』
コタローが首を傾げると、先生はしみじみと言いながら苦笑いを浮かべた。
『寧ろお礼を言うのは、あたしの方よ。例の案件、結構前に依頼が入ってたんだけど、
多忙に多忙を極めている先生は、多忙すぎるが故に、住んでいる場所から、基本的に動くことができない。
分刻みでのスケジュールをこなしている先生の家の前には、たくさんの依頼者が列を成して待機しているからだ。
『あたしの目として、色んな所に行ってもらおうと思って育てていた子に、逃げられちゃってね。困ってたのよ〜』
「……大丈夫なんですか?」
『ええ。多少風変わりだけど、悪い子じゃないし。その内、ひょっこり戻って来るかもしれないわねぇ』
先生は笑みを浮かべているが、目は少しも笑ってはいない。ひょっこりと戻ろうものならば、大変なことになるのが目に見えるようだ。
逃げたのが誰か、コタローには分からないが、見つからないことを祈ってあげようと思った。
『ふふ。恥ずかしい話だけど、そんな感じだったから、コタローちゃん達に代わりに行ってもらえて、ものすごーーく助かったのよ〜!』
廃遊園地での撮影を終えて帰宅したコタロー達は、編集前の動画のデーターを確認せずに、そのまま先生に送った。
すると、早朝だったのにも拘らず、すぐに電話が掛かってきた。先生からの第一声は『絶対に(動画を)見ちゃ駄目よぉおお!!』だった。
耐性のあるコタローならまだしも、朔夜は動画に映り込んだ悪意に、耐えられないかもしれないとも言われた。
先生がそこまで言うのは余程のことだ。
御蔵入りを覚悟したものの、『この動画を公開できる状態にしてあげるから、代わりにお遣いに行って来て欲しいの』と、先生から予想外の提案をされた。
それは願ってもない提案だったので、コタロー達は二つ返事で引き受けたのだった。
お遣いに指定された場所は――なんと『廃遊園地』だった。
県主体の再開発事業を考えているものの、霊障が多発しすぎていて、解体を引き受けてくれる業者が見つからないから『祓ってくれ』と、県知事から泣きつかれていたそうだ。
コタロー達の家から行くにはそれほど遠くなく、そして何よりも行ったばかりなので、現在の園内の状況を把握している。渡りに船。まさにうってつけだったわけだ。
危ない場所にまた行かせるのか?と、疑問に思うかもしれないが、先生はコタロー達に絶対に無茶なことはさせない。
『うふふ。視えれば払えるものねぇ。便利な時代になったわ〜』
先生は瞳を細めて不敵な笑みを浮かべた。
先生は、視覚的に捉えることえできれば、遠く離れた場所であっても完璧に祓うことができるという、珍しい能力の持ち主である。
コタローは今、ZOONというリモート配信アプリを使って、先生の顔を見ながら話しているのだが、お遣いでもこのアプリを有効活用した。
パカッと開いたノートパソコンのモニターを園内に向けて持って歩くことで、先生の目の代わりとしたのだ。
先生の指示により御守りも身に着けていたために、死角対策も万全だった。
コタロー的には、先生という最強の印籠を手にしているようで、とても頼もしかったのだが、真昼の廃遊園地の中、モニター越しに指示を出すオネエ言葉連発のアラフォーの超絶イケメンと、それに従って黙々と園内を歩き続ける若者二人。――なんて、傍目に見たらシュールな状況だなと、朔夜が考えていたことをコタローは知らない。
『そういえば、コタローちゃん。弟子入りの件、前向きに検討してくれたかしら?』
「……いえ」
これまでに幾度となく聞かれてきた質問だったが、コタローは全て断ってきた。
『ええーー!コタローちゃんなら、すぐに私を越えられるのにぃーー!』
「……過大評価です」
『そんなことないわよぉ!』
先生は本気でそう思っているらしいが、コタローはそうは思わない。
モニター越しだというのに、包囲網の術を展開し、的確且つ容赦なく追い詰めていく先生と、怯える霊。
先生が悪者に見え、厄介で嫌いな霊が不憫に思えてしまったコタローには、この業界の仕事は向いていないと思うのだ。
『……まあ、良いわ。気が変わったら、いつでも言ってちょうだいな。あたしが付きっきりで手取り足取り教えてあ・げ・る♡』
先生は、片目を瞑ってウインクしながら、投げキッスを送ってきた。
「…………先生。ソレ、時代おく――」
『キーーー!!その言葉も朔夜の入れ知恵ね!?』
「いえ、これは俺が――」
『うふふふふふ。見てなさい!朔夜がその気ならあたしも考えがあるわ!!』
「先生、待ってちが――」
『コタローちゃん、朔夜なんかを庇おうとしなくて良いのよ!?』
「そうじゃなくて――」
『純粋で可愛いあたしのコタローちゃんを汚した罪は重いのよ!!』
「………………」
個人的な感想を言おうとしただけなのに、先生には朔夜からの言葉だと受け止められてしまった。
この誤解を解くのに、口下手なコタローでは難易度が高すぎた。更に言えば、見知った相手ではあっても、ZOONでの会話が苦手なことも大きかった。
……ごめん、朔夜
やる気を漲らせている先生を見ながら、コタローは心の中で朔夜に謝った。
会話が一段落(?)したところで、先生を呼ぶ声が聞こえてきた。
『あら、もうそんな時間なのね?すぐに行くわ!』
後ろを振り返りながら返事をした先生は、シュンと眉毛を下げた。
『コタローちゃん、ごめんなさい。次の依頼者さんが来たみたいなの』
「……大丈夫です。お忙しいところ、すみません」
『久し振りに二人で話せて楽しかったわ。何かあっても、無くても、いつでも連絡してちょうだい』
「ありがとうございます」
コタローがそう言ってペコリと頭を下げると、先生は名残り惜しそうに微笑んだ。
『じゃあ、またね』
「はい。失礼します」
コタローは頷いて【退出】をクリックしようとした――その時。
「あ!そういえば、アナタ達、憑かれていることには気が付いているのかしら?」
突然、先生がそんなことを言い出した。
「……は?それってどう――」
『あ、ごめんなさい。もうタイムリミットみたいなの!じゃあ、またね〜!』
先生はそう一方的に言うと、困惑するコタローをその場に置き去りにして、さっさと退出してしまった。
《アナタ達、憑かれていることには気が付いているのかしら?》
コタローの頭の中で、先生の最後の言葉がループし始めた。
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