第19話 夜の神社④

『ソウダ……ト、イッタラドウスル』


「え……?今、何て――」

スピリットボックスから、無機質な声が聞こえてきたのと同時に、ブワッと大きな風が吹き抜けた。


「……うわっ!?」

朔夜くんが小さく叫びながら、反射的に腕で顔を庇った。


突風に煽られた木々のざわめき音が最高潮を迎えた時、そのざわめきは何故か突然ピタリと止んだ。


「……風が、通り抜けて行った……のかな?」


朔夜くんが瞳をパチパチと瞬かせている。

いつもならば、そんな可愛い表情をしている朔夜くんに身悶えるところだが、今の私にそんな余裕はなかった。


ハクハクと浅い呼吸を繰り返しながら、勝手に震え出した自分の身体を腕をギュッと抱き締めた。


……この感覚には覚えがあった。


――大広間の天井に届きそうなほどに高く、部屋の半分を覆うほど幅広い、ドス黒い色をした巨大なタコのような姿。

ギョロリとした一つだけの大きな目玉と、何十本も伸びたクラゲのような長い触手。先端にいくにつれて黒から赤色のグラデーションになっていた触手一本一本の先端には目玉が付いていた。

妄執に取り憑かれ、道連れにした従業員を死して尚も放そうとはしなかった、大型廃虚ホテルの元オーナーの時に感じたのだ。


……思い出すだけでゾワッとする。


しかし、今感じているモノとあの時とは、何というか――『格』が違うとでもいうのだろうか。

ヤツを遥かに凌駕する危険なが近付いていると、本能が全力で警鐘を鳴らしてくる。


早く逃げなきゃと思うのに、足が凍ってしまったかのように動かない。


朔夜くんは、不思議そうな顔でキョロキョロと辺りを見渡しながら、両腕を擦っている。

無意識に異変を察知しているようだが、この危険な状況にまでは気付いていないだろう。


気付いているのは、私と――木々に身を潜めた餓鬼モドキ達だ。

危険な気配が漂う方を見つめながらブルブルと震えている。


……どうしよう。

この場にコタローくんは居ないし、朔夜くんはあの強力な御守りを持っていないはずだ。


朔夜くんを守るには、どうしたら……………っ!?


餓鬼モドキ達から、朔夜くんへと視線を戻そうとした私は、ギクリと身体を大きく揺らした状態で固まった。


…………まさか。


私の視界の端に、今まで見えなかったはずのチャコールグレーのスラックスがです、映り込んでいた。

冷たい汗が背中を伝う感覚に、ゾワリと鳥肌が立った。


手を伸ばせば届きそうな距離まで、近付いてきていたというのに、私は今の今まで気付かなかったのだ。


……いつの間に?


思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。

止せば良いのに、恐る恐る視線を動かしてしまった私は、直ぐに自分の迂闊さを後悔することになる。



先程まで、腰から足までしかなかったはずの男性の幽霊に、何故か首から下腹部までの上半身が追加されていたからだ。

首無し幽霊となった男性はただ佇むだけでなく、とある方向を指差していた。

それは言わずもがな、危険な気配がする方向で…………。


見たら駄目だと思うのに、まるで強制されているかのように目で追ってしまう。


……いや……だ。

嫌だ。嫌だ。嫌だ!


緊張のしすぎで目の前がチカチカし始めた時。


「ギャアァァーーーー!!」


突然、シャーという威嚇と共に、空気を切り裂くような鋭い鳴き声が響き渡った。


その瞬間。

身体の強張りは解け、今まであった危険な空気はあっという間に霧散していった。


私のすぐ近くまで来ていた首無しの男性幽霊も、餓鬼モドキ達もいつの間にか消えてしまっていた。


この場に取り残されているのは、朔夜くんと私――


「ニャアアアン」


そして、一匹の黒猫だった。



*ー*ー*ー*


――さて、突然だが。

我が名は【クリムゾンシャドー】。


闇と影に潜みし、血の色よりも赤き輪舞ロンド。永久なる常闇の主にして、ブラック・カンパニー(流暢な発音で)仇なす者なり。


日本という小さき島国で生まれ、齢十五の時に稀有である邪眼の力に目覚めたものの、三十路の手前でブラック・カンパニーとの戦いに敗れ、志半ばに倒れたという前世を持つ。


今世は、全てのブラック・カンパニーを服従させるべく使命を負った――――ブラック・キャット(流暢な発音で)。オス♂をやっている。


近所に住むエルフの如く美しきボンキュッボンのお姉様からは、『黒チャン』などという嬉しい……ゲフン、ゲフン。

屈辱的な愛称で呼ばれているが、我が名は【クリムゾンシャドー(流暢な発音で)】。

闇と影に潜みし、血の色よりも赤き輪舞ロンド。永久なる常闇の主にして、ブラック・カンパニー(流暢な発音で)仇なす者なり。


……ああ。

赤き右目が疼くうぅぅ……!!

(約:大事なことなので二回言ったぞ)


たまたま立ち寄った神社の境内の方から、何やら不吉な気配を感じた我が、馳せ参じてみれば。

見目の整った若僧の周りには、地味可愛い女子の霊がいるわ。首無しの不気味な幽霊男はいるわ。餓鬼?みたいなのがいるわ……で、我にはワケガワカラナイヨ。


更には、凶悪な笑みを浮かべる生首――恐らくは、首無し幽霊男のモノだと思う。

それが良からぬモノを呼び寄せようとしたので、我の必殺技の一つである『影舞う疾風のヴォイス』を食らわせてやったのだ。


我の活躍によって、ブラック・カンパニーの課長的なヤバイ生首は身体もろとも消え、餓鬼達も散り散りに去って行った。



地味可愛い女子幽霊よ。

呆けてなんかおらずに、我を褒め称えるが良い。

我の活躍により、悪しき者が去ったのだからな!

ニャアアアン。(ドヤァァァ)

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