第20話 仲間が増えました。

「カーーーーーーァ、カァカーカ?」

(………………で、どうしたらなるわけ?)


カーコの呆れたような鋭い視線が、グサッと胸に突き刺さる。


「カァーカーカーカァーー?」

(双子の片割れに憑き添って、近所の神社に行っただけよね?)


「あはは。……どうしてかな?」


笑って誤魔化そうとした私をジロリと一睨みしたカーコは、私の足元へと視線を動かした。


「ミャアーミャアーー。ニャニャニャアー」

(我を褒めよー。ナデナデするのだー)


カーコの視線の先、正座をしている私の膝に、鼻先をスリスリと何度も擦り付ける黒猫がいる。


「……カァー、カァカァーーカ」

(……目茶苦茶、懐かれてるわね)


「ええと……」


――言わずもがな。

この黒猫は、先ほど神社で出会った黒猫である。


この子が現れてくれなかったら、私達は……朔夜くんはどうなってしまったのか。

最悪の考えが浮かんで、ドキドキが止まらなくなる。

最悪な事態を回避させてくれたこの子は、命の恩人だと言っても過言ではない。


だから、素直に『ありがとう』って、笑顔でお礼を言ったのだ。

すると、ピシャーンと雷に撃たれたみたいに、全身の毛を逆立てながらブルブルと震え出した黒猫は、私の側から離れなくなった。……何故だ。


微かに宙に浮かぶ私の足元で、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、私がお世話になっている朔夜くんとコタローくんの家(許可はされていない)まで、勝手に着いて来てしまったのだ。


……おかしい。

取り憑くのは、幽霊わたしの専売特許(?)のはずなのに。


誰もいないはずの空間に、擦り寄る猫の姿は傍目にはとても奇妙で、めっちゃ朔夜くんが戸惑っていた。


……朔夜くんが視えない人で良かった。

更にその様子をカメラに撮られなくて、本当に良かった。


私の膝に両足を乗せて甘えてくる黒猫は、正直に言えばとても可愛い。可愛いのだけれど………。


「ニャーン♡ニャン♡ニャニャーンニャン♡」

(地味カワ幽霊女子、メッチャ良い匂いするーー♡ハスハス)


…………この声さえ聞こえていなければ。



「カァーーカ、カァカァカーーーーーーァ!!」

(この変態猫を今すぐどこかに、捨てて来なさい!!)


「ニャニャッ!?ニャーニャーニャー!!」

(何だと!?我は変態ではない!!)


……どうしてこうなった。


私は眉間を押さえて深い溜め息を吐いた。



****



「あの神社に言ったら――だったのだけど、カーコ達は知ってた?」


『かくかくしかじか』。

……ああ、実に良い言葉だ。


全ての説明が八文字で収まるなんて、正に魔法の言葉である。(キラキラ)

その魔法の言葉によって、先ほどあった出来事の説明があっという間に終わったのだ。

正に魔法の言葉である。(大切なので二回言ってみた)



「カァー、カーカーカーアーカカー」

(そう。あの神社でそんなことがあったの)


近所ここに住んでる朔夜くんでも、分からなかったみたい。この子のお陰で本当に助かったよ」


「ニャーーアン。ニャオーーーン。ニャァァウン、ニャーーオ」

(地味カワ幽霊女子よ。我をもっと褒め称えよ。お主には、特別に我に触れる権利も与えるぞよ)


さっきから言われているけど……『地味カワ幽霊女子』って、もしかしなくても私のことだよね?


地味だけど可愛い。可愛いけど地味……?

褒められているような、褒められていないような。


推し活は目立たないにこしたことはないので、地味でも良いのだが……何とも複雑である。


「……ええと、私の名前は『ひなた』って言うの。さっきも言ったけど、改めて言うね。君のお陰で凄く助かったよ!」


触っても良いとのことなので、頭を撫でてあげることにする。


まあ、幽霊だから触れないんだけどね?

触れなければきっと諦めてくれるだろう。


苦笑いしながら黒猫の頭に触れた。

当然そのまますり抜けるかと思いきや――温かくてフワッフワッな感触を確かに感じた。



「……え!?嘘!触れるんですけど!?!?」


喜びに震える両手を呆然と眺めた私は、両手でガシッと黒猫の胴体を掴んだ。


「掴める!!」

「ミギャッ!?」

(何をする!?)


「撫でられる!!」

「ピギャ!!」

(ヒィィィ!!)


「モフれる!!」

「ミャ……!?ミャー!?……ミャア!ミャアミャア……フミューーーーゥ」

(ちょ……!?待っ……!?……駄目!駄目だって、へ、へ、へ、変な扉が開いちゃうからぁぁぁぁぁ)


久し振りのモフモフに我を失ってしまった私は、抵抗する黒猫をガッシリと押さえ付けると、お腹が見えるように仰向けさせ、ぷにぷにの肉球と柔らかな毛並みを容赦なく、心ゆくまで撫で回した。




「……ふう」


満足感と達成感いっぱいの私は、汗の滲んでいない額を右手の甲で拭ったが、これは単に気分の問題である。

それだけ満足したのだ。


満面の笑みを浮べた私の目の端で、ふと黒いモノが動いた。


「……ん?」

黒いモノが動いた方へ視線を向けると、そこにはカーコがいた。


「カーコ……?」


いつの間にか、私が手を伸ばしても届かない位置にまで移動していたカーコが、私を正面に見据えたまま、更に片足を一歩分後退させようとしているところだった。

その顔は見るからに強張っている。


『どうしたの?』と声を掛けようとしたところで、カーコの目線が、チラチラと私以外にも向けられていることに気付いた。


その目線の先辿った私は―――自分のやらかしたことに漸く気付いた。



「ミャア……。ミャアミャアーウ……。ミャアーミャミャミャー……ミャアァァァ……」

(……開いちゃった。変な扉開いちゃった……。もうお婿に行けない。地味カワ幽霊女子……すんごかった……)


私の膝の上で、トロンと溶けたような瞳と恍惚とした表情を浮べ、力無く寝そべる黒猫。


そんな私達を強張った顔で遠巻きに見ているカーコと、いつの間にか合流していたカースケとカンザブロウ。


こんな状況では、最早どんな言い訳も通じない。


「……て、てへっ?」

「「「………………」」」


試しに笑って誤魔化そうとしてみたものの、通用するはずもなく。

暫くの間カーコ達に一定の距離を取られ続けたことは余談である。


**


「……それにしても、何でこの子には触れるんだろう」


幽霊になってから、まともに触れたものなんてないのに不思議である。


因みに――私は今、屋根の上で正座をしているが、正確に言えば微かに浮いている状態だ。

屋根に触ろうものならば、すり抜けてしまうだろう。


黒猫を撫でた手をそのままカーコに伸ばそうとすると、羽を大きく広げたカーコに拒絶された。


「ご、ごめん。触らない」

「…………カアーカーーーカア」

(…………分かれば良いわ)


この屋根を巡る争い中に、カーコたちにも触れていたかもしれないけれど、覚えていないので分からないし、今の私には試すこともできない。


「ミャーン、ミャーン、ミャアミャアミャアーー」

(ひなた、責任を取ってくれ。我と結婚しようぞ)


……そういえば。

この黒猫は、私が『良い匂い』がするとも言っていた。

それはこの子だけ?他の猫も同じなのかな?


「ニァオーーン、ニャンニャン」

(ひなたぁ。ハスハス)


「カァーーー!カァカーーーカ!」

(立ち去れ!変態猫!!)


「ニャニャ!?ニャオオンニャー!ニャニャニャ!」

(誰が変態猫だって!?我が名は【クリムゾンシャドー(流暢な発音で)】。変態猫ではない!)


鼻先を私の足に擦り付けるのを止めた黒猫が、カーコに向かって牙を剥き出しにして叫んだ。


「カァーー!!カァカァーーカ!」

(すげえ!!(厨二猫ちゅうにびょうだ!)


「カァーカーカー」

(これが厨二猫か)


「ウニャーー!!ニャアニャーーー!!」

(うるせぇ!!誰が厨二病だ!!)


私が今まで敢えて言わなかったことをカースケとカンザブロウが言ってしまったことで、この場がより一層騒がしくなった。


野生のカラスが、そのワードを知っていることにも驚きだが……この騒がしさは、ご近所さんから通報されるヤツ!!


何故ならば、傍目にはカラスと黒猫がギャアギャアと喧嘩しているようにしか見えないからだ。


カーコ達が駆除されてしまうなんて、絶対に嫌だ。


「ス、ストーーーップ!!こんなに騒がしくしていると、通報されるよ!?」

「「「カァーカ!?」」」

(通報!?)

「ミ゛ヤ!?」

(通報!?)


大きく手を広げて、カーコ達と黒猫の間に割って入ると、三羽と一匹はピタリと騒ぐのを止めた。


「「「……カァーカーカァーカーカァーカー」」」

(((通報怖い、通報怖い、通報怖い)))


「……ミャアミャアミャアウミャーー!」

(通報怖い、通報怖い、通報怖い、BANされる!)


そして、三羽と一匹はガタガタと震えながら、身を寄せ合いだした。


そ、そんなに?


恐らく、カーコ達も黒猫も過去に通報されたことがあるのだろう。『BANされる』と言う意味は分からないが……。

この事をきっかけに、皆が仲良くなったようなので、良しとしよう。


――こうして、奇妙で不可解な事件(?)は幕を閉じ、黒猫のクロちゃんが……


「……ニャウ、ニャニャニャニャーニャ?」

(……ひなた、我が名はそんな凡庸な名ではないぞ?)


黒猫のクロちゃんが、仲間になりました。


「ニャニャッ!?」

(ひなた!?)

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