第13話 何かを得る為には、何かを失うものです。

皆さーーん!聞いて下さい!!

朔夜くんとコタローくんに憑いてから早一週間と少し。

何と……!わたくしめ、ぶるんぶるんを克服しました!!

……あ、あれ?嬉し過ぎて、涙が出てきたぞ。

克服できて本当に、本当に、本当に良かったぁぁぁ!!

コレで自由だぁぁぁぁぁ!!



――ことの始まりは、四日目の早朝のこと。


この日の前夜も朔夜くんとコタローくんの撮影に憑いて行った私は、くだんのぶるんぶるん疲れのにより、グッタリと屋根に倒れ込んでいた。


そんな私に、クルンとしたアホ毛が特徴の『カースケ』が話し掛けてきた。


「カアーーカアーーカーー」

(姐さん、そんなに疲れた顔してどうしたんっすかー?)


疲れ切っていて話せない私の代わりに答えてくれたのは、


「カアーカァーカーーカー」

(馬鹿ね、アンタ。いつものアレよ。ア・レ♡)


「カァァーーカーカアーー」

(昨晩も坊っちゃん達に憑いて行っただろ)


嘴の先が口紅を付けたように赤いのが特徴の『カーコ』と、眉毛みたいにも見えるフサフサの毛が凛々しい『カンザブロウ』だった。


「カアーーーーカアーカー」

(あー、例の推し活っすかー)


カースケは、なるほどとばかりにしみじみと呟いた。


「……私、どうして上手く飛べないんだろ!?」


そう言いながら、ガバッと勢い良く半身を起こした私を少しだけ目を見開いて見た後に、三羽のカラス達はキッパリと言った。


「「「カーカーカアー」」」

(鳥じゃないからっすかー?)

(鳥じゃないからかしら)

(鳥じゃないからな)


「ん゛ん゛っ。知ってる。そうじゃなくて……!」

私が鳥ではないのは明白である。

だって元人間の幽霊だもの……!


「カアーーーカーカー」

(それなら練習するしかないんじゃないすかー?)


「カーーーカーカァーー」

(ああ、筋肉は裏切らないからな)


「筋肉……」

練習はともかく、幽霊に筋肉って必要……?


「カーーーカァア」

(見ろ、この筋肉を!!)

「カアァーーカァ」

(俺だって負けてないっすかー!)


唸る私の横で、カースケとカンザブロウは翼を大きく広げながら、筋肉自慢を始めた。


「カーーーカーカアァーー」

(……全く。男って野暮よねぇ。口を開けば『筋肉』、『筋肉』って、そればっかり)

カーコは翼を嘴に当てながら少しだけ首を傾げる。


あなたも生物学上は、ダンスィーのはずですが。

……と、野暮なことは言わないでおく。


「カーカーカァーーカーカーカア」

(そもそも、姐さんとアタシ達は根底が違うでしょ)


「根底……?」


「カアーーーカーカァーカーカーカアァー」

(アタシ達は鳥だから飛んで移動するけれど、姐さんは幽霊。幽霊は本来、人に取り憑くことで簡単に移動するモノだもの)


「た、確かに……?」

「カーーカーカーカーーーカァカ」

(それを車なんて意思のないモノに、中途半端に取り憑こうとするから、振り回されることになるのよ)


……ぐうの音も出ないほどの正論である。


朔夜くんかコタローくんに、直接取り憑いてしまうのが、手っ取り早くて確実な手段なのだ。

そうすれば、ぶるんぶるんされることもなくなるだろう。――けれど、私は二人に取り憑きたくはない。いや、取り憑いてはいけないのだ。

何故ならば『推し』へのお触りは、厳禁だからである!!

推しの心得を破り、お触りして(取り憑いて)しまうぐらいならば、一生ぶるんぶるんされてた方が良い。


「カアァーカーカーカァ」

(でも、姐さんの気持ちも分かるわぁ。健気にも愛する人を陰ながら応援したい、気持ち♡)


「カーコ……分かってくれるの!?」

力でねじ伏せて彼等を部下にしたことで『姐さん』なんかと呼ばれている私よりもずっと、理解力と包容力のあるカーコの方がそう呼ばれるのに相応しいんじゃ――


「カーカーカァーーカーカーカァ」

(ええ。愛する人には恥じない自分でありたいものね♡――ということで、筋肉鍛えるわよ)


「え……?」

ずいずいっとカーコの顔が迫ってくる。


「カアーーカーカーカア゛ア゛ア゛」

(いつまでも不様な醜態を晒してんじゃないわよ。優雅に見える白鳥だって、水面下では必死に頑張ってんのよ?)


――前言撤回。

カーコもカースケとカンザブロウ同様に、野暮なカラスでした……。



「カア゛ーーーーカ!!」

(ちょっと、それで真面目にやってるつもり!?)


「は、はいぃ!!」


「カーカア゛ア゛ア゛ーーー!!」

(腹にちゃんと力入れろ!!翼を意識しろ!!)


「はい!!」


「カア゛ーーーア゛ア゛ア゛ーーーカ!」

(美しく飛べない幽霊なんて、色んな意味で抹消されるが良いわ!!)


「え?ちょ、ちょっと待って……!どうしてカーコが、私のスマホ持ってるの!?」


「カアーー」

(ふふふっ)


カーコは何処から取り出したのか、私のスマホを掲げると、ニヤリと笑いながら動画の再生ボタンをポチッと押した。


え?え?……え?

どこからどうツッコめば良いのか分からない。


何で、操作できるの?カラスだよね?

前世人間じゃないよね?


混乱する私の目に飛び込んで来たのは―――。



『さ、触らないよ!?み、見てるだけだから!!……はぁ、これが二人の寝てるお布団かぁ……。お日様の良い匂いと……二人の匂いがする気がするー……。朔夜くぅーん、コタローくぅーん大好きぃーー♡』


ほんの出来心で、二人の布団に触ってしまった(抱き着いた)時の動画だった。


「な、な、な、な、なんで!?何でこんな動画があるの!?!?」


「カアーカーカーカァーカーカー」

(カラスの知能を舐めんじゃないわよ。ア・タ・シの手にかかれば、今すぐに世界中に拡散可能よ?)


カーコの翼は、何とYou◯ubeの投稿を指していた。

ゾワッと全身に寒気が走る。


「いやぁぁぁぁ!!止めて!止めて下さい!!死ぬ!死んでるけど!社会的に死ぬ!社会的にももう死んでるけど……!!朔夜くんにはまだしも、コタローくんには視えちゃうからーー!!!」


「カアーカーカーカア゛」

(ふふっ。どうしようかしら?)


「ずびまぜーーん!!ま、魔がさしただけなんです!!許して下さい!カーコ様!!」


鬼だ……。悪魔がいる。

よりにもよって盗撮されていただなんて……。

それも私のスマホで……!!



「カア゛ーカーカーカアーカア゛ー!!」

(さあ、晒されたくないのなら、死にものぐるいで、必死で食らいついて来なさい!!)


「は、はい……!!」



――正直に言うと、この時のことはもう二度と思い出したくはない。

ビリー◯ブートキャンプ以上の隊長キャラになったカーコによる地獄の特訓は、記憶の底の、そのまた底の、更に更に更に底に閉じ込めて、永遠に思い出したくないほどに……。


因みに、スマホは無事に返ってきた。

だけど、私の中の何かがゴッソリと失くなってしまった。――そんな日々だった。


速攻データを消して喜んでいたというのに、バックアップがあると言われて、更なる絶望の淵に立たされたことは余談である。

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