第12話 終わりよければ全て良し……にはならないのです。

――ふと気付いた時には、既にこの世のモノではなくなってしまっていた私。

死因はもとより、生前の記憶のほとんどを失い、覚えていたのは、何故か自分の名前と年齢だけだった。


この世のモノざる私が、これまた何故か所持していた愛用のスマホ。


スマホといえば、人類の叡智!個人情報の宝庫!!

これで自分のことが分かる――――はずだった。

なのに、身に覚えのない暗証番号のせいで、最新機種だったはずのスマホは、直ぐにガラクタ同然に成り果てた。


自分のことが分からなければ、どんな未練があったものかも分からない。

成仏する術も見い出せずに、このまま悪霊コースへまっしぐら!――――かと思っていたところで、私は『運命の人』に出逢った。

(正しくは二人だから、運命の人?)


それは、生前に大好きだったホラー系You◯uber【ツヴァイリングホラーチャンネル】の麗しき双子こと、朔夜くんとコタローくんである。


生きている内に会えなかった彼等に、死んでから会えるだなんて、少し複雑な思いはあるけれど……これは『推して推して推しまくりなさい』という神様のお導きなのかもしれない。

推しの神様のお導きならば、それが私の成仏への道なのだろう。

――そうして私は、運命に導かれるままに、彼等に憑いて行くこととなったのだった。


ぶるんぶるんされ続けたことによって、奇しくも高所恐怖を克服したり、熾烈な縄張り争いの果てに、先住獣であったカラスを下僕に従え、彼等の実家の屋根に自らの拠点を構えたり、朔夜くん達目当ての生霊を追い払ったり、ぶるんぶるんされながら心霊スポットに憑いて来たりしたのは、まだ昨日今日の話である。


………………濃いなぁ。(遠い目)

自分で言うのもなんだが、なかなかに濃い体験をしていると思う。

これ以上のことは、




「…………おい、コタロー」

「ん」

「『ん』じゃねえよ、『ん』じゃ!何が起きたのか、今の状況をきちんと説明しろよ!」

「…………」

「面倒そうな顔すんなし!」


――はっ!!

現実逃避していた私の意識が、コタローくんに対する朔夜くんの叱咤によって舞い戻ってきた。



「……ヤバい奴が一瞬で消滅した」

「……………………………………は?」

十秒ほど呆然とした後に、朔夜くんは眉を潜めた。


「先生の御守りが、してくれた」

「…………全て、解決……って。え……?駄目だろ、それ。何もないのは良いことだけど……俺達の仕事的に完全アウトだろ」

「ん、御守り優秀」

「いやいやいや、そうじゃねえよ!俺達は先生の御守りの宣伝動画作ってんじゃねえんだぞ!?」


朔夜くんがコタローくんの両頬を掴んで、横に引っ張った。


「……いひゃい」

「痛くしてねえよ。このモチモチほっぺが!餅みたいにこんなに伸びやがって」


傍目には容赦なく引っ張っているように見えるけれど、朔夜くんの手にはそんなに力が篭ってはいないようだった。

柔らかく伸びたコタローくんの頬は、とても触り心地が良さそうで羨ましくなる。


……良いなぁ。私もムニムニしたい。


「どうすんだよ、これから!」

「……てっひゅう?」

「撤収するさ!するけどさ!こうなったら、そうするしかないだろ!?だけど、それをお前に言われると腹立つ……」

「……いふひん」

「理不尽じゃねぇよ!そんなこと言うのは、どの口でちゅかー?ああん?この口か……!!」

朔夜くんは、ジト目で抗議するコタローくんの頬をまたまたムニーッと引っ張る。


「ああ、もうマジでどうするよ……。霊感ある人にしか訳分からない動画になってんじゃん。お蔵入りか……お蔵入りだよなぁ。久し振りにすげぇ場所だったっぽいのに……」


独り言を呟きながらモチモチほっぺをムニムニし続ける朔夜くん……萌える。

まるで迷子になった幼い子供のようで、母性本能がキュンキュンする。

因みに、本当に嫌なら払い除けられるはずなのに、そうしないでいるコタローくんにもキュンキュンしている。


『仲良しは尊い』……合掌。


「編集次第でどうにかなるか?いや……画面越しで緊張感が伝わるか……?」

「……ひゃひゅや」

「ワンチャン、カメラには何か映ってるかもしれないし、音とか入ってるかもしれないし」

「……ひゃひゅや」

「帰って見てみないと判断できないな……って、さっきからなんだよ!?」


朔夜くんの名前らしきものを呼びながら、自分の頬を掴んでいる手をペチペチと叩き続けていたコタローくんに、朔夜くんが気付いた。


「ふぉのひょうひゃふぁ、おひゅひゃひひにひひょふ」

「……………………何だって?」

「……ふぉのひょうひ」

「わ、悪かったって、怒るなよ」


漸く開放された両頬を二回ほど揉みほぐしてから、コタローくんは朔夜くんに視線を戻した。


「お蔵入りにしょう」

「…………それ、マジで言ってる?」

「ん」

困った様な表情を浮かべる朔夜くんを真っ直ぐに見つめながら、コタローくんが頷く。


「この場所は業が深すぎて、危ない」

「危ない……って、ヤバいヤツは消えたんだろ?だったら――」

「アイツは消えたけど、長い年月をかけて建物全体に染み付いた妄執は、そう簡単には消えないから。媒体となるモノを手に入れたら、その時はまた……」


コタローくんは言葉を途切れさせた後に、『大広間』へと視線を向けた。


四階の『大広間』。

――先ほどまで奴はそこいた。


大広間の高い天井に届きそうなほどに高く、部屋の半分を覆うほど幅広い、ドス黒い色をしたのようなおぞましい姿をしていた。


通常のたこの胴と頭と言われる部分の殆どを占めるギョロリとした一つだけの大きな目玉。何十本も伸びたクラゲのような長い触手は、先端にいくにつれて黒から赤色のグラデーションになっていて、一本一本の触手の先端には目玉が付いていたのだ。


元々は恐らく人間だったはずなのに、何をどうすればこうなるのか。

これだけでも十分にヤバいのだが、奴のヤバさはこれだけには留まらなかった。


ドス黒い表面はドロドロしていて、マグマから気体が噴き出すかのように、人の型をしたモノが『ゔぅー』と、呻き声を上げながら勢い良く飛び出てきた。

ソレは黒い涙を流しながら、こちらに向かって助けを求めるかのように手を伸ばしてきたが、触手によって押さえ付けられて、奴のに強引に戻されてしまう。

そうして中に戻されたソレは、奴の体内を通り抜け、足元に作られた頑丈な触手の檻の中に閉じ込められた。その中には、同じように閉じ込められているモノが数十体も見えた。


『約三十年前。客足の減少により経営難に陥り、従業員の給料も払えなくなってしまったオーナーが、全従業員八十五名を毒殺し、自らも自殺しようとした【最期の慰労会】という事件が起った場所だと言われています』

――朔夜くんが一番初めに説明したことが、ふと頭の中に蘇った。そして納得した。


ああ、そうか。


この大広間で【最期の慰労会】が行われたのだ。

四階の大広間から私達を見ていたヤバイ奴の正体は、言わずもがな【廃墟ホテルのオーナー】で、毒殺された【従業員八十五名】は、成仏することもできずに、未だにオーナーの狂気の呪縛に囚われ続けていたのだ、と。


『タスケテ……!』

『……クルシイ』

『モウ……開放して……!』

『ミンナ……一緒。永遠ニ、ズット離サナイ』


「何か……とても嫌な気配を感じます。絡み付いて離れないような悪質な気配が――――」

『オマエ等モオイデ。ヒトツニナロウ……!!』


朔夜くんが、大広間に向かってライトを向けた瞬間に、奴は自由に使える触手の全てを悪意を持って放ってきた。

気配は感じていても、朔夜くんには何も視えていないのでソレを自力で回避するのは不可能だ。


朔夜くんの身に付けている御守りは、射程距離に入ってきた奴を瞬時に全て絡め取りはしたものの、今までのようにはいかなかった。


どちらかの力が尽きれば、もう一方に取り込まれてしまう。一触即発の膠着状態だった。

――そんな中で動いたのは、コタローくんだった。


……へ?


朔夜くんを守るように、奴との間に割って入ったコタローくんは、胸のポケットから取り出した水晶型を奴に向かって、思い切り投げ付けたのだ。


な、投げ付けた……!!?



――――そこからは、チートな御守りの独壇場だった。(遠い目)


コタローくんが投げ付けた御守りは、奴のおぞましい巨体だけを一瞬の内にしまったのだ。

※御守りの中から耳を塞ぎたくなるような濁音や断末魔が聞こえたことは割愛する。


取り残された元従業員達には、朔夜くんの身に付けていた方の御守りが動いた。

柔らかい光が、彼等を優しく包み込んだかと思うと、これまた一瞬の内に弾けて消えたのだった。


安堵の表現を浮かべた彼等は、漸く安らげる場所へと旅立つことができたのだろう。……と、思っておく。だって、チートな御守りだもの。(ガクガクブルブル)



「……ったく、分かったよ」

朔夜くんは溜め息を吐きながら、前髪を髪の毛を掻き上げた。


「……朔夜?」

「いっつも一言二言しか喋らないお前が、長々と話すくらいの事態だったんだろ?なら仕方ない。今回の動画はお蔵入りにしてやるよ」

「……ん、ありがとう」

「次から、先生の御守りは使用禁止だからな!!」

「ん」

「絶対だからな!?」

「ん」

んじゃ、早く撤収すんぞー」

カメラの電源を落とした朔夜くんが、その場から先に歩き出した。



お蔵入りかぁ……。

私は一部始終見ていたから良いけど、勿体無い。

まあ、でも二人がそう判断したなら仕方ないことなのだ。投稿するもしないも彼等次第なのだから。


さて。私も撤収せねば!


ふと気付けば、コタローくんが大広間にいた。

彼が身を屈めて拾ったのは、水晶型の御守りだった。


私は忘れてたけど……流石に、置いては帰らないよね。大事な御守りだもんね。

…………ん?


御守りを見つめながら、コタローくんが何かを呟いたように見えたけれど、私のいた場所からは何も聞こえなかった。


「コタロー、下行くぞ」

「んー」


思わず身を乗り出しかけたが、コタローくんが歩き出したので、見つからないように急いで隠れた。




何はともあれ、終わり良ければすべて良し…………にはならないんだなぁ。これが。



「ぶぁぇびびびぶぉ、ぶぁんでいどぶるんぶるんたてち!!」

(帰り道も安定のぶるんぶるんです!!)


目を閉じて無我の境地になろうとしたけれど、ぶるんぶるんが強過ぎて、結局は無理なことだった。



高速の、ぶるんぶるんは、キツ過ぎる。

(五・七・五)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る