第11話 四階の主

「四階まで上がってきましたが、何か……寒い?」


非常階段の重い扉をゆっくりと引いた朔夜くんは、微かに身体を震わせながら、コタローくんを振り返った。


「いや、寒いというか……空気が違うって言えば良いのか?」

「…………」

「ん?…………今までの階とは、明らかに雰囲気も何もかもが違っていて、刺すような鋭い視線が、俺達に向けられているような、そんな感じがします」


朔夜くんはコタローくんに話を振ったのに、話を振られたコタローくんは、珍しく相槌すらしなかった。


そう思ったのは私だけでなく、朔夜くんにとっても珍しいことだったようで、一瞬だけ驚いたようにパチパチと瞳を瞬かせはしたものの、直ぐに何事も無かったかのように撮影を再開した。


言葉を発しなくても通じるものがあると、双子にまつわる話を聞いたことはあるけれど……。


「コタローの反応からして、この階にはヤバいのがいるみたいです。その場所は、最後に回ることにして……先ずは、反対側にある客室から見て行こうと思います」


こ、これが、その例のヤツですか!?

双子の生ミステリーですか!?


「コタロー、行くぞー」

「…………」


朔夜くんの後を黙って付いて行くコタローくんから、感じるのは『警戒』だ。


前髪の隙間から覗く瞳は瞬きの回数が少なく、いつもどこか気怠げに細められている瞳は、パッチリ開いている。そこには『周囲の微かな動きを見逃さない』という強い意思を感じる。

それ故に、敢えて余計なアクションをせずにいるのだろう。朔夜くんを守るために。


はぁぁ……。

普段の天然ぽやぽやコタローくんも可愛いくてキュンキュンするけど、頼もしくて頼りがいのあるコタローくんにはギュンギュンする。(語彙力低下中)

ギャップが萌えツボすぎて……辛い。


……え?意味が分からない?

大丈夫!私、視力は2.0なので!!(混乱中)


――つまり、コタローくんの警戒状態を察した朔夜くんは、防衛をコタローくんにお任せして、自らは撮影に専念することにしたのである。


視えない朔夜くんと、視えるコタローくん。

カメラが得意な朔夜くんと、カメラが苦手なコタローくん。

適材適所である。

お互いの長所と弱点をごく自然に補える二人の関係性は、もう神の領域に達している。(混乱中)


ああ、尊い……。――ツンツン

二人が二人で在り続ける限り、私は萌え続けられるだろう……。――ツンツン。

朔夜くんとコタローくんになら殺されたって構わない!!――ツンツン。

我が人生に一片の悔いはなし!!――ツンツン。


って、さっきから誰ですか!?

肩を突付いて、私の至福の萌えを邪魔するヤツは!? ――ツン――はぁぁぁ!天誅!!


私の肩を突付いてきたモノに向かって、思い切り手刀を振り落としてやった。


ふっ。また、つまらぬモノを切ってしまった。

……じゃなくて、何者かも分からないモノを勢い任せで攻撃してしまった。


肩越しに後ろを恐る恐る振り返ると、赤いモノが霧散して消えていくところだった。


……何、だったの?


瞳を瞬かせていた私の視界に、また赤いモノが映り込んだ。

それは触手のように長く伸びているだけでなく、うにょうにょと蠢いている。

ジーッと観察していると、赤い触手の先端に付いていたギョロリとした目玉と、目が合った。


……ひっ!!


――その瞬間、全身にブワッと鳥肌が立った。


「どの部屋も同じ造りの綺麗な和室ですね。こういう廃墟って、落書きされていたり、室内の物が壊されたり、盗まれていたりと、荒れていることが殆どなんですけど……どの部屋も荒らされることなく、状態は凄く綺麗だと思います。勿論、築年数があるから劣化してたりとか、そういうのはありますけどね」


『本当にヤバい心霊スポットには落書きがない』というのはよく聞く話である。

幽霊になってから開眼した私には、ここのヤバさがしっかりと視えていた。


この赤い触手は、一番奥の部屋から長く伸びている。まるで、こちらの様子を探っているかのように。

こんなことする奴なんて、絶対にまともなはずがない。


うえぇ……。

思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。


「どんだけヤバい奴がいるんだよ」

朔夜くんは、手持ちカメラをこれから向かう最奥へと向けた。


朔夜くんの背中を映していたコタローくんのカメラも、持ち主の視線に合わせるように、朔夜くんの姿フレームアウトさせた。



……お分かりいただけただろうか?

真っ直ぐに最奥の部屋を見据えているコタローくんの瞳と、カメラに映るモノの正体が。(立木◯彦さん風に)


――なーんて、不謹慎にも心霊番組ごっこしてみたり。

あ、私は幽霊だから大丈夫だけど、心霊スポットでのおふざけは物凄ーく危険な行為なので、絶対に止めましょうネ!!

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