第10話 その答えは御守りが◯◯すぎるから。

先ずは一階。

受付カウンターに、スーツ姿の中年男性の幽霊がいた。


カウンターの外側に立ち、宿帳に名前を書いているように見えたから、お客さんだったのだと思う。

足元には、黒皮の大きなアタッシュケースが置かれていた。


余程このホテルに深い思い入れがあったのか、常連さんだったのか……最早分からないが、亡くなってからここに戻って来るだけの思いがあったのだろう。



次に二階。

従業員の制服らしきものを着た若い女性の幽霊がいた。


リネンカートを押しながら廊下を歩いていたことから、清掃スタッフの内の一人だったのだろうと分かる。

亡くなったことにも気付かずに、生前のルーティンを繰り返す幽霊がいると聞いたことがあるが、彼女もそうだったのかもしれないが……その真相は、彼女にも最早分からない。



更に三階。

ボロボロに朽ち果てた神前式用の神殿の前に、幸せそうに微笑む白無垢姿の女性と、紋付き羽織袴姿の男性の幽霊がいた。


このホテルは、三階部分に結婚式諸々の用途で使用する部屋があった。

新郎新婦の控え室、顔合わせ用の間。和洋の神殿、披露宴の会場などである。


この二人は、廃墟ホテルで結婚式を挙げた二人なのだろうけど……思い出の場所に、強い思いを残したがために、戻って来てしまったのだろうか?

この二人の事情もまた、私には伺い知ることはできなかった。


――え?

『幽霊同士なら会話が可能じゃないか』って?


…………私にもそう思っていた時が、ほんの一瞬だけありました。


会話を試みようと思ったのが、ほんの一瞬だけだったのは何故か。

これまでの語り口調が、全て過去形なのは何故か。


――その理由は、である。


一階、二階、三階にいた姿形がはっきりとした幽霊達は、朔夜くんやコタローくんの影から伸びた黒い手のようなモノによって、あっという間に雁字搦めにされた後に、これまたあっという間に消滅させられてしまった。


朔夜くんとコタローくんの半径五メートル以内に、この世のモノではないモノが入ると、有無を言わさずに消されてしまう。

この廃墟ホテルには、姿形のはっきりしない黒い影のようなモノが数多くいたのだが、朔夜くんとコタローくんの通った後には塵すら残らなかった。


――それだけでなく。

実は、一階に正体不明の人間が潜んでいた。

私が気付いたのは、たまたまの偶然だった。

御守りの効力範囲を掴むまで、必要以上に離れていたから、遠くの物陰から二人を伺っている人物に気付いたのだ。


少し前に話したが、廃墟には様々な理由で、生身の人間が潜んでいることがある。

幽霊よりも、実害を与えることができる人間の方が何十倍も怖い。

朔夜くんとコタローくんも『人怖』には十分に気を付けていたが、正体不明の不審者は気配を消すのが上手かった。


虚ろに揺れる瞳は怪しい光を放ち、二人の姿を確実に捉えていた。ポケットの中にある手には、既に凶器が握られているかもしれない。

このままジリジリと距離を詰めて、無防備な背後へと襲いかかってきそうな、そんなヤバい奴の匂いがする。


朔夜くんとコタローくんの大ピンチである。

こんな奴に狙われているのを黙って見ているわけにはいかない。


――なら。

幽霊の私だけが、ヤバい奴に気付かれずに、コタローくんに伝えることができる可能性が高い。


御守りがなんだ! パーンがなんだ!

そんなの二人に比べたらどうってことない!!


柱の陰から勢いよく飛び出して、コタローくんの元に向かおうとした瞬間――柱の陰から一歩分だけ飛び出した状態で、私は固まった。


「……あ」

コタローくんの影からヌッと出てきた黒い手のようなモノが、私目がけて一直線に伸びてきたからだ。


御守りが強力すぎるって……!!!


コタローくん達に迫っている危険を告げることもできずに、私はこのまま消滅させられてしまうのか。

次に来るであろう衝撃を想像して、思わずギュッと固く目を瞑った。


――――――けれど。

いくら待ってみてもなんの変化も感じない。


パーン……されてない?


恐る恐る目を開けてみると、コタローくんの影から出てきた黒い手は、私の真横にあった。

否。正しくは、私の真横を通り抜けて、不審者のところにある。


「…………マジデスカ」

無意識に黒い手の行方を目で追った私は、すぐに後悔することになる。


長く伸びた黒い手は、不審者の全身に何重にも絡み付いていただけでなく、ギリギリと絞め上げていた。悲鳴は勿論、くぐもった声すら漏らさないように、口元はしっかりと塞がれている。


……南無。


――少しして黒い手が離れると、不審者は大理石の冷たい床の上に静かに転がった。その身体は微動だにしない。


……恐らくだけど、死んではいないはずだ。

朔夜くんとコタローくんが、撮影を終えて無事に廃墟を出て行くまでは、目覚めないような状態にされただけ。



『三階まで回って来たのに、今まで何の現象も起こらないって……どういうことだと思う?結構、ここの噂あったよな?』


朔夜くんの疑問の答えは――二人が身に付けている『御守りが強力チートすぎるから』です!!


幽霊だけでなく、人怖対策もバッチリだなんて、御守りとしての範疇を超えすぎている。


幽霊に対しての効力が、半径五メートルなのに対して――人怖対策は、半径十メートルといったところだろうと、コタローくんがいた場所から推測される。

私が動いたのと同時に、不審者もまた動いていた。

だからこそのだ。


シュルシュルと、コタローくんの影の中に戻って行く黒い手が、私の横で一瞬だけ止まったように見えた時は、心臓が止まるかと思った。(もう止まってる)



朔夜くん達の行動に比例するように、パーン、パーン、パーンと、次々に廃墟から消えていく仲間達(?)を見ていた私の心の中は、大変複雑だった。


コタローくんがどこまで視えていたかは分からないが、カメラが何らかの心霊現象を捉える前に、全て消え失せてしまっている。


二人の身の安全が第一優先であり、一番大切なことなのだけれど、心霊現象を捉えて映像に残そうとしている彼等の趣旨には、合わなすぎる御守りなのだ。


……これ、まさかのお蔵入りに……なんて、ならないよね?


ファンとしては、これも気になるところなのだ。


ツヴァイリングホラーチャンネルは、ヤラセ・加工一切なしが真実なので、映らなかったら、映らなかったとして、そのまま投稿してくれるだろう。


だけど……あんなにのに……!!



――この時の私は、外から見えた『大きな目』の存在を。そして、それをヤバいヤツと言ったコタローくんが、御守りを付ける選択をしたことを。

すっかりサッパリ忘れ去ってしまっていた。


そのことを思い出したのは、朔夜くんとコタローくんが四階へと到着した時だった。

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