第8話 大型廃墟ホテルに憑いて行きます①
「皆さん、こんばんは〜。ツヴァイリングホラーチャンネルの朔夜デス☆」
「……コタロー、ッス」
廃墟ホテルの看板の前で、オープニングの撮影が始まった。
「……おい、コタロー。自己紹介くらいしっかりしろよ!」
「ん」
「いやいやいや。『ん』じゃねえよ。『ん』じゃ!肯定してんのか、否定してんのかも分かんねえだろ!」
「ん」
「おい……」
「……朔夜、迷惑」
「誰のせいだよ!迷惑ったって、ご近所さんなんていねえだろ。ここ、孤立した廃墟だぞ!?」
「違う。俺の」
「お前のかよ!寧ろ、お前のせいで今の俺が迷惑してるわ!!」
相変わらずの漫才のようなオープニングである。
「つーか、今気付いたんだけど、今日のTシャツ……何でソレにした?」
「……? あったから」
「んなわけないだろ!?俺、違うの用意してただろうが!」
「……朔夜、細かい」
「うるせぇよ!『やればできる子』なんて文字T着てるやつに言われたくないわ!やればできるなら、ちゃんとやれよ!」
言葉少ないコタローくんに、朔夜くんが振り回されているところは、いつ見ても微笑ましい。
これを生で見られるなんて……、私はなんて幸せなのだろう。(合掌)
尊い……尊すぎて、辛い。
……でも、幸せ。
いつも通りのオープニングに見えるが、実は朔夜くんの顔がいつもよりも、若干強張っているのを私は知っている。
これから向かう五階建ての大型廃墟ホテルに緊張しているのだろうか――と思いきや、そうではない。
朔夜くんの胸ポケットに入っている先生の御守りとやらのせいらしい。
朔夜くん曰く、持っているとゾワゾワするのだそうだが……それもそのはずだ。
私には、朔夜くんの首筋の匂いを嗅ぐように、御守りの効力が蠢いて見える。
幽霊でもドン引くレベルの執着が伺えるんですけど!?
どうにかして助けてあげたくても、迂闊に近寄れば『パーン』(物理的に粉々)されるのが分かっているで、私には近寄ることもできない。
一方のコタローくんといえば、慣れているのか平気そうだった。
たまに無表情で振り払っているから……きっと慣れているのだろう。
ヤバい奴がいると聞いてから、朔夜くんはずっと緊張していた。その緊張を紛らせてくれているのだと、ポジティブに見守ろう……。
いざとなれば、コタローくんがどうにかしてくれるはずだ!……多分。
「俺達が今夜やって来たのは、五階建て大型廃墟ホテル『グランドシャイン
朔夜くんは顔を強張らせながらも、いつものように身振り手振りを加えながら説明をしていく。
「主な現象は――未だに働いている従業員の方の姿が見える。苦しそうな叫びが聞こえる。写真を撮ると大きな瞳が写る、など。……もうねぇ、初っ端からコタローがヤバいヤツを見たそうなので……」
「ん」
チラリと朔夜くんがコタローくんを見ると、コタローくんが真面目な顔で頷く。
「なかなかに怖い撮影になりそうですが……安全には十分に気を付けて、しっかりと検証したいと思います。いざとなったら逃げるからな?」
「ん、了解」
「では、行ってきます」
「ッス」
そうして二人は、オープニングを撮り終えた。
「……よっしゃ。行くか」
地面に置いていたミニ三脚カメラはコタローくんが持ち、朔夜くんは自撮り用のカメラを手にした。
カメラを構えた朔夜くんの表情が『探求者』のものへ切り替わる。
「…………っ!」
――その瞬間、ぞわっと一気に鳥肌が立った。
ゾクゾクするほどの高揚感と興奮。
そして、胸の高鳴り。
止まっているはずの時間が動き出したような感覚に、少しでも油断したら笑いが止まらなくなりそうだった。
「……ははっ」
私は無意識の内に自分で自分の身体を抱き締めていた。湧き上がった感情を抑えるために。
……そうだ。
私は、この表情が大好きだったんだ。
初期の頃は、自分の顔を映しながら心霊スポットを巡っていた彼等だったが、最近は必要な時以外、進行方向を映しながらの撮影に変えていたから、こんな気持ちはすっかり忘れてしまっていた。
怖がりなのに好奇心旺盛な朔夜くんは、消極的でどこか達観してしまっているコタローくんをいつも引っ張っていた。
それもただ振り回すように引っ張るわけではなく、コタローくんを理解し、信頼しているからこそ、自らの背中を預けて安心して前を歩けるのだなぁと、感じていた。
後ろに続くコタローくんもまた、朔夜くんを理解し、信頼している。
だからこそ、常に周囲に警戒を巡らせて朔夜くんを守ろうとしている。
――――尊い。
推しが尊すぎて辛い。辛いけど嬉しい。
死んでからも気付きを得られるなんて、二人は神様かな?
私は世界一幸せな幽霊だ……って、え!?
涙が滝のように流れて、視界があやふやだったせいで、建物の中に二人が建物の中に入った貴重な瞬間を見逃してしまった。
……ぐっ。編集なしのありのままの二人が見られる機会を逃すだなんて、我が一生の不覚……!!
急いで追い掛けると、一階のロビーで撮影しているところだった。
コタローくんに見つからないように、ある程度の距離を取って身を潜めた。
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