第2話 この仕打ちはあんまりだ。
――気付いた時には、既にこうだった。
その時の衝撃といったら……それはそれは相当のものでした。
高所恐怖症の私が、足場も何も無い状態で、十階建マンションの屋上を見下ろしているとか……どんな嫌がらせですか!?
階段の二階部分でも既に無理なのに、だ。
無理無理無理無理無理……死ぬ。死んだ。
あーもう死んだ。マジで死んだ。
叫び声は言葉にはならず、代わりにヒュッという声にも悲鳴にも声にもならない息が出た。
震える身体を抱き締めながら、どうにかこうにかそれを無理矢理にゴクリと飲み込むと、何故だか段々と可笑しな気分になってくる。
「…………ふふふっ。あはっ。あははははは!」
恐怖のバロメーターが振り切れると、笑ってしまうんだと、私はこの時に初めて知る。
「クククッ。私、降臨!」
両手を大きく横に広げ、まるで天使が舞い降りる場面かのように、十階建てマンションの上から、地上に降り立つ。
イメージが天使なのにも拘らず、魔王口調になっているのは、ご愛嬌ということで。
ええ。決して、中二病ではありません。
こうでもしてなければ自我を保てないんです……!
――この時。
たまたま近くの廃墟で、撮影をしていた朔夜くんとコタローくんの動画内に、私の狂気じみた笑い声がバッチリ録音されてしまっていて……。
あまりにもはっきりと紛れ混んでしまったその声が、世間を震撼させる事態に発展してしまうことになるとは、思いも寄らなかった。
ヤラセ疑惑が浮上するなど、二人にはそれはそれは多大なる迷惑を掛けてしまった。
廃墟とは無関係かもしれないが、『幽体の私が引き起こしたのだから、これは立派な怪奇現象です!朔夜くんもコタローくんもヤラセなんて一切していないんだから!!(キリッ)』と、言えるものならば、声を大にして言いたかった。
そんなに霊感が強くない朔夜くんにも、私の笑い声が聞こえてしまったが為に、驚いた朔夜くんが瞳を潤ませながら、コタローくんの服の裾をそっと掴んでいた動画を見た日――地面をバンバン叩きながら身悶えてしまったのは余談である。
私はチートな幽霊ならしく、お茶の子さいさい(死語で、生前に使っていたスマホを使用すれば、◯ouTuberだって視聴できちゃうのです!
うひょー!幽霊になってもスマホだけは絶対に手離せません!!マジ最高!
…………まあ。この時の私は高所恐怖のせいで、スマホの存在に気付く余裕なんて、全くありもしなかったのだけども。
地面に足が着いた(と思った)瞬間に、そのまま膝から崩れ落ちた。
「あ、あはは……」
ふと気付けば、大の苦手な高所に――それも無防備な状態で、宙に放り出されていたのだ。
中二病ごっこの効果が消えた今、あの時に感じた恐怖が大波のように押し寄せてきていた。
腰が抜けて立てなくなった私は、震える両手を握り締めて、凝視した。
「……わーお、透け透け」
声が上ずって震えているのは、高所恐怖症の余韻である。
地面に足がついていれば(?)、自分の手足や身体が透け透けのスケルトンになっていようが、驚きはしない!!
……なんて。本当は驚いているし、動揺もしている。だって、身体が透けてるなんて有り得ないじゃない?
だけど、今の私にはスケルトンな自分よりも、高所恐怖症の方が勝ってしまった。ただそれだけ。
両手を翳してみたり、握ったり、開いたりしてみる。
透ける両手は、まるで自分のものではないように思えるが、左手の親指の付け根にある小さなホクロが、私であることを証明している。
「ガラスにも映らない……か」
割れてボロボロの窓ガラスに、私の姿は映らない。
触れようしたら、スーッと簡単に窓ガラスすり抜けてしまった。
「……夢……じゃないよね?……痛っ!」
思い切り頬を抓ったら、普通に痛かった。
まさかの痛覚である。
他の物に触れようとしても、すり抜けてしまうから、自分にだけ触れるらしい。スケルトンなのに?
……どんな法則だよ。
更に自分の身体を観察してみれば、透けてはいるものの、両手には爪までしっかりあるし、人間の形をした足もちゃんと両足分揃っている。
私の偏見なのだけど、幽霊の足は完全に透けて見えなくなっているか、マ◯オに出てくるオバケキャラの尻尾にも似た形状のどちらかをしていると思っていた。
生前と変わらないのは、嬉しい誤算であるけれど…………裸足っすか? 何故に裸足、
しかも、着ているのは白いワンピースである。
裸足に白いワンピースなんて、幽霊女子そのものじゃないですか。
課金すれば、初期アバ衣装は変更可能?――なんてこと考えてしまう私は、きっと高所恐怖のダメージを今も相当引き摺っているのだろう。
考えるべきことは他にもあるというのに、我ながら恐ろしい。
全身スケルトン(こんな身体)になっているのは、恐らく死んでしまったからなのだろうけど……。
どうしてこうなったのかが、全く思い出せない。
思い出そうとすると、何故か頭に霞が掛かったようになって、思考があやふやになってしまう。
今の私が覚えているのは、『ひなた』という名前と、二十七歳という年齢だけ。
……って、年齢いる!?
他に覚えておくべきことあるよね!?
生前の私は年齢に拘りでもあったのかもしれない。
ということにしておく。
他に何か情報が見つからないかと、ワンピースのポケットを探ると、カッンと固い物が指先が触れた。
ごそごそと取り出してみると、それはそれはとても馴染みのあるスマホだった。
「これ…………私が使ってたやつ」
使える……?充電大丈夫?
私は少し緊張しながら、真っ暗な画面の横にある起動スイッチを押した。
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