第3話 暗証番号が分からない。

「あ、動いた」


恐る恐る起動させたスマホは、『充電切れ』なんてオチもなく普通に動いた。


待受画面も当時の記憶のままで、何も変わっていない――――かと、思ったが。


「何これ……」

充電のアイコンが、記号の◯に尻尾が生えたような形になっていた。まるで魂のような形である。


……まあ、何だかよく分からないけれど、スマホが動くのだから良しとしよう。

よく分からないことをあれこれ考えるのは、無駄である。私の手には、個人情報が詰まった文明の機器の最たるものが握られているのだ。可能なら後で検索してみれば良い。


それよりも、先ずは自分のことを思い出さねばならない。

手っ取り早く個人情報を知るには、日記やアルバム、SNSなどといったアプリだろう。

身体が覚えているとはよく言ったもので、私の指先は勝手知ったるというように、戸惑うことなくスマホを操作し始めた。


すぐに日記を見つけたが、パスワードが設定されているために開かなかった。

名前と年齢しか覚えていない私に、思い付くパスワードはない。今までスイスイと動いていた指先も、パタリと動きを止めてしまった。


年齢と名前などから適当にパスワードを割り出してみたが、当たらない。当たる気がしない。

パスワードの変更をしようにも、元のパスワードが分からないので、変更は不可能だった。


「……一先ず日記は諦めよう」

日記がダメでも、まだアルバムやSNSがある。


気を取り直してアルバムを開こうとしたけれど、結果は日記と同じだった。

ここでもパスワードの壁に阻まれた。

カメラ機能から入り、過去に撮影したデータを辿ることもできない。


更に気を取り直して、SNSの各アプリをどんどん開いていく。

しかし、個人情報の管理ページに入るには、これまた全てにパスワードが必要だった。

こんな当たり前なことも失念していた。


普通に閲覧することはできるが投稿はできないから、誰かに『私は誰?』と投げ掛けることもできない。


私に関わるであろう情報が、ことごとく遮断されていると感じるのは……芸能人やアーティストといった有名人は、フォローされたまま残っているのにも拘らず(今の私でも流石に覚えていた)、友達らしき一般人が一人も残っていないことと、私の投稿履歴が全て非表示になっていたから。


私に関することが、丸ごと隠蔽されてしまったかのような状況の示す意味は、一体何?

私が記憶を取り戻すと、都合でも悪い?

私はただ、自分のことを知りたいだけなのに……。


何ともいえない気持ち悪さと、苛立ちが込み上げてくる。

せっかくスマホがあるのに、結局何一つ分からないのだから。


「…………詰んだ」


恐らく、死んでしまったであろう私が、現世ここに留まっているのは、きっと何らかの未練があってのことだと考えるのが当たり前で、現世の未練を断ち切れない幽霊が、悪霊に変わってしまうのもまた当たり前の展開だ。

未練が解消されない限り、永遠に現世を彷徨い続ける悪霊に成り果てることだろう。


「……それは嫌だな」

自嘲気味にそう呟く。


誰かの迷惑になるような幽霊そんざいにだけは、絶対になりたくない。

そう思うのは…………、私が心霊系の番組が大好きだったからだ。

……そう。……そうだ。

私は幼い頃から、心霊系の番組や動画を見ることが、とても大好きだった。

大好きなのに怖がりで、視えやしないのに怯えたりしていた。


『怖がりなのに見たいなんて、お前も物好きだな』

『全く。トイレにも行けなくなるくらいなら、見なければ良いのに』

『そんなに怖がるなら、心霊番組禁止!』


私にそう言ったのは誰だったっけ……?


私は視える人ではなかった。視えないからこそ楽しめたし、夢中になった。

視える人達やそのジャンルを生業とする人達の番組や配信動画を通して、沢山の霊達の存在を知った。

どうして現世に残ってしまっているのか。その理由を。

そう。大好きで、沢山見てきたから分かる。

私がことを。


何かヒントないかな!?

私がこの世に満足して、旅立てそうな何か。

何か、何か、何か………!

私は思い付く限りのアプリにアクセスし続けた。


――そして、データを見つけた。


「これは……!」


データに釘付けになっているその時、廃墟の中から声が聞こえてきた。


私は咄嗟に建物の影に隠れた。

普通の人には見えない姿になっていることも忘れて。


……誰!? 人間!? 幽霊!?


建物の影で息を潜めながら、廃墟の入口を伺っていると、二人の青年が出て来た。


……え?

幽霊になったせいか、暗闇なのにも拘らず、二人の顔がはっきりと見える。


まるで引き寄せられたかのように、建物の影から身体がふらりと出てしまいそうになったところで、二人内の一人が不意にこちらを見た。


……ひぇっ!?


建物の影に引っ込んだ私は、建物の壁に背中を預けて、その場にへたり込んだ。


「……、何かあったのか?」

「んー……、何でもない」


お、お、お、驚いた……!!!!

目が合った気がしたけど、気のせいだよね……?


現実的にはもう動いていないはずの心臓が、ヘビメタルのドラム状態で激しく鼓動していて痛い。

片手で心臓の上の辺りをぎゅっと押えながら、もう片方でスマホを操作する。


スマホの画面には、二人の若い男の子が写っている。

それは、私が先ほど廃墟の入口で見た青年と同じ顔。


それはつまり………。


カーン、カーン。

私の頭の中で、眩い光が降り注いだと共に、大きな鐘が鳴り響いた。


わ、私、この人と幸せになります!!

……じゃなくて。


『天啓だ』と思った。

彼等なら私を満足させて、成仏させてくれる。

何故ならば、彼等は私の最推しの心霊系You◯uberだったからだ。


【ツヴァイリングホラーチャンネル】の朔夜くんとコタローくん。


私の今後はこの二人に掛かっていると、本能が告げていた。

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