幽霊だって推し活がしたい。

ゆなか

第1話 憑いてます。

「ツヴァイリングホラーチャンネルへようこそ♪皆さんの恋人、朔夜さくやでっス☆」

「……こんばんは……コタローです」


キャーー!!

待ってましたーー!

朔夜くーーん!!コタローくーーん!!


今夜もの特等席で、『こっち見て♡』と書かれた自作の蛍光ピンク色地のハート型のうちわを二人に向けて、大きく振る。


「俺達は今、F県で超有名と言われている心霊スポット『九御堂ここのつみどう病院』に来ています。現在はもう使われていない、いわゆる廃病院なんですけど、ここを知らない子猫ちゃん達のために、ざっくりと説明するね☆」


にゃーーん☆(はーい)

知ってるけど、聞きたーーい!


ハート型のうちわを縁取っている金色のモールが、キラキラと光りながら揺れる度に、どんどんテンションが上がっていく。

――因みに、ハート型のうちわの裏側は『ア・イ・シ・テ・ル♡』だ。


「九御堂病院には、地下に秘密の小部屋があり、院長が入院患者さん達へ、違法な人体実験を繰り返し行っていたと言われています。その院長は二十年前に謎の死を遂げ、経営者を亡くした病院は廃業へ。人体実験の犠牲になったと患者さん達が、未だに成仏することもできずに、朽ち果てた病院内を彷徨っている姿が、多数目撃されているとの情報がある場所です。……さっき、サムネ用の撮影がてら、下見行って来たんすけど、マジでヤバそうな雰囲気バリバリだったよな?」

「ん」

朔夜くんに同意するように、コタローくんがこくりと頷いた。


「コタローがしてたから、結構ヤバい所だと思います。安全に気を付けて、この後じっくり検証していきたいと思いますので、是非最後まで視聴して下さいね☆じゃあ、早速行くぞ!!」

「おー」


おーー!!


オープニング映像を撮り終えた二人は、撮影を一旦止めると、機材の積んである車の方へと歩いて行った。

廃病院の中に入る準備をするのだろう。

私もこっそりと二人の後をついて行く。


朔夜くんとコタローくんは、設定とかではなく正真正銘の双子の兄弟であるが、二人には大きながある。

まず、一つ目の違いは【見た目】だろう。


お洒落大好きなお兄さんの朔夜くん。

毛先を遊ばせたウルフカットに、ホスト系の黒服ファッションに身を包み、両耳のピアス、中指の指輪、ネックレスといった小物使いまで、今日もバッチリ決まっている。

ウルフカットにした髪の色は、赤や青やグレーなどと頻繁にコロコロと変わっているが、最近はピンクアッシュがお気に入りなのだそうだ。


対して弟のコタローくんは、お洒落には無頓着である。

チャンネル開設当初は、『どこで買ったの……?』という奇妙な柄のTシャツに、シャツとデニムパンツを器用に組み合わせ、瞳が見えないほどに伸びた前髪と伊達メガネで、顔を隠していた。


そんな弟に常日頃から不満を持っていたらしい朔夜くんは、サブチャンネル内で【コタロー大改造計画】を行ったのだった。


『窮屈な服は着たくない』と言うコタローくんの要望に合せ、大きめパーカーにTシャツ、細身の黒パンやダボパンといった、シンプル且つシック。上品さを兼ね備えたカジュアル系、ストリート系を取り扱うブランドへと、クローゼットの中身を一新させた。


あらまあ、なんということでしょう!

ブランドを統一したことで、お洒落に無頓着なコタローくんが選んでも、どれも素敵なコーディネートに仕上がるではないですか☆


ハイブランドで揃えたのではなく、お財布に優しいファストブランドを選んだこと。

コタローくんのクローゼットから出された服は、ただゴミとして捨てられるのではなく、朔夜くんがリメイクして着用したり、フリマアプリなどで販売したことでも話題に上り、朔夜くんの高感度も上がった。


コタローくんのヘビロテTシャツは、私がちゃっかりとゲットしていたことは、ちゃんと覚えている。ふふふ。


ファッションだけでなく、どこか野暮ったくも見えてしまっていた髪型は、手入れが簡単で清潔感のあるツーブロックに落ち着いた。

瞳が隠れるほどの前髪と、黒髪だけは譲らなかったが、伊達メガネを外されたコタローくんは、やはり朔夜くんの双子の弟だったのだと、実感できるほどに整った顔立ちをしていた。


今日はフード付きの大きめ黒トレーナーに、細身の黒パンと、全身真っ黒ファッションだが……見る角度によって、うっすらと浮き上がって見えるクマ柄が、ちょっとしたアクセントになっていて可愛い。


私的には垢抜けなかったコタローくんも、とても可愛かったと思っている派であるが、変身後のコタローくんは更に可愛くなった。


「入口前の外側に一個、定点置く?」

「……ん、それなら受付前が良い」

「へー、コタローがそう言うならそうするか」

「……あと、屋上に置くのも面白い」

「屋上って……なんかあるん?」

「……」

「…………おい。そこで黙るな。俺、暗闇一人タイムすんだけど!?」

「…………ファイト」

「うーーわーー。……マジで嫌な予感しかしない!!」

「…………ん、ファイト」

「何で、二回言ったん?」

「……?大事だから」

「マジか……」


……相変わらず仲良いなぁ。尊いなぁ……。

うちわを握り締めたまま思わず合掌する。


はうあぁぁぁぁ。眼福です。

うちわを握る手にも、ついつい力が籠もるというもんですよ!


ギリギリギリギリギリ。

おっと。朔夜くんとコタローくんが尊すぎて、ついつい折ってしまいそうだ。


――チャンネル開設から、約二年。

ヤラせ一切なしの二人のリアルホラーチャンネルは、チビッコから大人まで大人気の巨大チャンネルへと成長した。

間もなく登録者も百万人を超える。

開設初期の頃から二人を推している私としては、とても感慨深い。


私にとっての朔夜くんとコタローくんは、最早心の友ならぬ――心の息子と言っても過言ではない!

(意味不明)


私はそっと目尻に浮かんだ涙を指で拭った。


「俺の方は、ライトもカメラの充電もバッチリだけど、コタローはもう行ける?」

「ん」

コタローくんがこくりと首を縦に振ると、朔夜くんがガシガシと髪を掻き毟りながら天を仰いだ。


「あーーー、メッチャ嫌!マジ行きたくねぇ!お前、どうしてくれるんだよ!?下がりきったこの俺のテンションをさぁ!?」

「……朔夜。視聴者さん、待ってる」

「言われなくたって分かってるし!やるよ!?やってやんよ!?マジで!そもそも、やらないって選択肢ねぇし!はぁ……………」

ぷうっと頬を膨らませた朔夜くんは、長い長い溜め息を吐いた後に、ペチッと両頬を軽く叩いた。


そうして気合いを入れた後の朔夜くんの顔は、いつも動画で馴染みのあるキリッとした顔付きになっていた。スイッチが入ったようだ。


「よし!コタロー、今日も十分に安全に気をつけて撮影するぞ?命大事。マジでヤバイ時は言えよ?速攻で逃げるからな!」

「ん、了解」

朔夜くんとコタローくんは、互いの右手の拳をコツンと合わせた。

これは二人が撮影を始める前の、毎回必ず行う儀式のようなものだった。


…………はあ。尊い。

天使かな? 天使だな。 天使に違いない。


今日も無事にこの瞬間に立ち会うことができた私は、なんて幸せ者なのだろうか。

嬉しすぎて――嬉し尊すぎて、このまま昇天してしまいそうだ。


「んじゃ、張り切って行くか!」

自撮りもできる小型カメラを構えた朔夜くんを先頭にして、二人は歩き出した。

遂にお待ちかねの撮影が始まったのだ。


「ここが病院の入口ですが……。うわー、受付のカウンターとか、劣化してボロボロっすね。埃も凄いし、廃業してからの年月を感じます」

朔夜くんがカウンターの上を指でなぞる。


「九御堂病院の噂の一つに『受付の中から出てくる白い手』っていうのがあったんですよね。なので、まずここに定点を一個置きたいと思います。……なんか、マジで雰囲気ヤバい気がする。今にも手が出てきそうじゃないっすか?」

カメラを前にして、噛むこともなく饒舌に話し続ける朔夜くんは、いつ見ても凄いと関心する。


もう分かっていると思うが、二つ目の二人の違いは【性格】にある。


ツヴァイリングホラーチャンネルは、朔夜くんが主にメインで映り、コタローくんは撮影+サポート役に徹することが殆どである。


喜怒哀楽が分かり易く、カメラに臆することなく饒舌な朔夜くんに対して、コタローくんは感情を表に出すことや、おしゃべりが得意ではない。


朔夜くんからの問いかけに対して、相槌を打つか、一言二言話すだけで、ほぼ無言でカメラを回し続けている。


【見た目】と【性格】。

一見、対照的な双子だけれど、どちらが優位とかはなく、互いを思い合っている姿は、見ていてとても微笑ましいと感じる。

(コタローくんのファッションセンスだけは、どうにも我慢がならなかったようだが……)


仲良しキャラを演じている人達は、見ていればすぐに分かる。

表情や言葉の端々、距離感といった、隠し切れないが見えてくるからだ。

本人達は、上手く隠せ通せていると思っているかもしれないが、視聴者の目は誤魔化せない。

彼等のように比較対象が多い仕事なら尚更だ。


私的に、仕事として完璧に演じきれているなら、ビジネスライクでも構わないが……仲良しであればあるほど、推せる。

心霊系の配信は大好きだが、殺伐とした人間関係バイオレンスは求めていない。

あ、そっちの殺伐ジャンルが好きな人を否定したいわけでなくて、あくまでも私の話ですよ?


……おっと。

大事な推し活中に、私事なんてどうでもいいことだ。

推しの一挙手一動を見逃すわけにはいかないのだ!


カメラを持って、どんどん進んで行く朔夜くんの後に続き、周囲や朔夜くんの背後を撮っているコタローくん。

私はそんな二人の後を追うように、コッソリついて行く。


少し進んだところで、コタローくんが不意に振り向いた。


……あ。

その瞬間にコタローくんと、バッチリ目が合ってしまった。


私に向かって小さく会釈したコタローくんは、前を向くと、カメラを構え直して、少しだけ早歩きで朔夜くんを追いかけた。


「何かあった?」

「んーん」


……今日も推しに挨拶をされてしまった。


コタローくんが私に気付いて、こうして挨拶をしてくれるようになったのは、いつ頃だったろうか?

私はずっと気付かれていないと思っていたから、詳しく覚えていないのだ。


ストーカーのように勝手について回っている私に対して、コタローくんはいつも神対応だ。

嫌悪を向けることも、嫌味を言われることもない。

笑顔こそないが、ちゃん挨拶をしてくれるなんて――――萌える。

お姉さんは逆に心配だよ!?

でも…………大好きっ!

もし、コタローくんが誰かに騙されそうになったら、私が全力で守ってみせるからね!!


朔夜くんが私に挨拶してくれることはないけれど、ストーカー紛いの(はたから見れば普通にストーカー)私を無視しているからではない。

朔夜くんには私がだけなのだ。


二人の違いの三つ目は【霊感】。

これが二人にとって一番の大きな違いだったりする。


朔夜くんは気配を感じられることがあっても、基本的には視えない。

逆に、コタローくんは、どんなに弱い幽霊でも視ることも感じることもできるくらいに霊感が強い。


二人がホラー系のYou○uberをしているのは、心霊動画が常に人気で、再生数が伸びやすいということもあるが、一番の理由はコタローくんが視える人だからなのだ。

それも、某有名霊能力者が『弟子に欲しい!』と本気で懇願するレベル。


そんなコタローくんに視えていて、朔夜くんには視えていない私。


――それは私がだからなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る