思いがけない再会と別れ
篠原 皐月
穏やかな日々
中学入学を控えた春休み。不用品を整理して纏めていたら、母親の呼ぶ声が聞こえた。
「萌絵。ちょっとこっちに来て。これ、どうしよう?」
「お母さん? 『どうしよう』って、何が? ……あ、ここにあったのか」
声がした納戸に入りながら声をかけると、床に座り込んだお母さんの前にあるダンボールの中身に気がつく。それは私が小さい頃使っていた、ぬいぐるみ達だった。
三年前に以前のマンションからここに引っ越したのだが、どうやら各段に収納スペースが増えたのが災いし、未開封のまま人目に付かない奥にしまい込まれていたらしい。うっかり成分多めのお母さんなら、これくらいやりかねない。ぬいぐるみの事を、今の今まですっかり忘れてしまっていた私も私だが……。
「もう萌絵は使わないだろうし、この機会に処分しても良い?」
お母さんが軽く首を傾げながら、確認を入れてくる。それに素直に頷こうとしたが、箱の中を覗き込んでちょっと考え込んでしまった。
耳の長さまでを座高に入れるかどうかは不明だが、ソファーで一人でテレビを見ている時にいつも隣に座っていてくれた、座高五十センチはあるウサギ。幼稚園から始めた公文の宿題を解く時に、いつも勉強机の隅に座って、一緒に勉強してくれたへたり気味のクマ。触り心地が絶妙で抱き枕代わりにしていた、カラフルなイモムシ型のビーズクッション。
小さい頃は他にも色々持っていたが、この三つは本当に私のお気に入りだった。それが、さほど大きくない箱に何年もぎゅうぎゅう詰めになっていた挙句に、あっさり捨てられてしまうのはさすがに申し訳ない気分だった。
「一週間待って貰っていい? その間にどうするか決めるから」
「それは構わないけど、どうするの?」
「だから、それを決める」
不思議そうに尋ね返してきたお母さんにちょっとだけイラっとしながら、スマホを取り出して検索を始めた。
※※※
お母さんに宣言した通り、一週間で三人(三体?)の身の振り方を決めた。ウサギは地域の児童センターに寄付し、クマは親戚の小さな子供に譲る事になった。勿論この間に、綺麗に洗って汚れも落とした上でのことだ。
イモムシは……。残念ながら、以前に何かに引っかけて小さな穴が開いてしまっていた。そこからビーズが漏れないようにお母さんがつぎ当てをしてくれていたのだが、さすがにその状態の物を他に譲れず、お焚き上げをしてくれる寺院に送って供養して貰うことにした。と言っても、この場合費用を負担してくれるのは保護者である。説明しながら、そこがHPで後悔している画像をお母さんに見せた。
「それで、全国から供養のために集められた人形達の画像がこれよ」
「うわ……。ここまで集まると凄いわね。それに人形だけじゃなくて、ぬいぐるみも相当交ざっているわね」
「ここにお願いしようと思うんだけど、どう?」
「いいわよ。ちゃんと私の名前で申し込んで、費用も支払うわ。それじゃあ皆の行く末も決まったし、最後に記念写真でも撮る?」
「……ぬいぐるみと?」
「そうだけど?」
相変わらず、妙な発想とテンションのお母さんには困惑する事が多いが、今日は苦笑いしてソファーに座った。
私の右隣にウサギ、左肩にクマ、膝の上にはイモムシ。いついなくなったのかも覚えていない他の子達の分まで、きっとこの子達のことは長く覚えていると思う。
出会いがある以上、別れがある。この三体を知らないうちに、またはいつの間にか失ったりせず穏やかな心境で別れを迎えることができて、心から良かったと思った。
思いがけない再会と別れ 篠原 皐月 @satsuki-s
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