物理的逆行

三屋城衣智子

物理的逆行

 大学のキャンバスにて先輩が走っているところをみかけたので、珍しいこともあるものだ、と追いかけた。


「先輩! 高崎先輩!」

「ああ、金田君か。何か用かい」


 先輩は大学のスポーツ大会にすら出ないインドア派である。

 さらに所属サークルはミステリ研とあって、特段走る必要性もない。

 僕はその印象そのままに彼に質問をぶつけた。


「何で走ってるんです、運動きらいじゃなかったんですか」

「いやはや良い質問だ若人よ。俺は今時間に逆らっているのだ」


 ……高崎先輩はいつのまにかミステリそのものになったのか。


「うむ、今君は割と失礼なことを思っただろう。俺の頭がイカれたか、とか」

「いえいえそんな」

「表情が物語っているぞ」


 先輩に言われてはっとし思わず頬を触る。


「おいおい、ミステリ研の後輩としてそんなにわかりやすい挙動をしていたら、犯人になれないぞ」

「なりたくてサークル参加してるわけじゃないです」

「ふむ、そういうものか。して金田君、時間とはなんだと思う?」

「え、時間は時間じゃないですか」


 走る高崎先輩に並走する形で僕は答えた。

 息を乱さずに先輩は僕の考えを否定してみせる。


「そんな有りていな答えじゃなくてだね。時間というものを構成する要素のことだよ、尋ねているのは」

「要素?」

「そう。時間は回ることでできている。逆説的に言ってしまえば、回らなければ存在しない。そうは思わないかね?」


 この先輩はまたなんだってそんなことを思いついたのか。

 確か先週は宇宙空間で停止しさえすれば、人は永遠の命を手に入れられるかどうか、だったか。

 僕は少し呆れた視線を先輩に投げた。

 本人はそんなことものともせずに走り続けていて、その目は情熱がたぎっている。

 なんだか一周回って羨ましく感じたから、僕は物珍しさも相まって、一緒に並走して実証しようとする彼がどうなっていくか、観察することにした。




 来る日も来る日も、僕たちは走った。

 夜は流石に野宿で睡眠をとって、走れない部分は船を使ったけれど、とにかく。


 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。

 走って走って走って。


 走り続けた。




「時に金田君」

「なんですか先輩」


 今はひょろひょろだった姿が見る影もない、イケマッチョ高崎先輩が僕に走りながら話しかける。

 同じくムキムキになった僕が、それに応えた。

 体が順応したのか、息ひとつ乱さずに先輩が尋ねてくる。


「今は一体西暦何年の何月何日で、何時何分かね」

「さぁ、時計ももう壊れましたし、ここはジャングルですからわかりませんねぇ」


 ヒルを払い除けながら僕は答える。


「ああ、金田君。我々は遂に時間を消し去ったのではないかね」

「うーん、僕としては時間が消し飛んでいってるって方が雑感として考えてるとこですけど」

「なんと」

「なんにしろ、次に人と会って今がいつなのか聞くまでは答えは出せませんよ」

「何故だね」

「時間もですけど、特に肉体の時間経過については第三者にジャッジしてもらわないと。二人だけで決めようとするとお互い毛むくじゃらなこともあって、希望的観測が邪魔しますよ絶対」

「うむ確かに、結局我々は人間だからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物理的逆行 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ