BBQ【KAC20232『ぬいぐるみ』】

石束

BBQ

 ぽっく、ぽっく。ぽっくぽっく。


 有角長毛種の四つ足の獣が引くホロ付き荷車が、平原をゆく。

 御者台には十代半ばには少し足りないくらいの少年少女が並んで座っている。


 彼女たちは街道を開拓村へと向かっている。


 王都は堅牢な城壁に囲まれているが、その内側のわずかな農地だけでは増え続ける人口を維持することはできない。

 王都の周辺には街道で結ばれた村や町があり、盛んに農業がおこなわれている。ただ城壁の外へ出ることはそれなりに危険が伴う。

 開拓して農地を広げることは安全な城壁を超えて魔獣のような危機と対決することを意味する。だが、そうして人々は少しずつ農地を増やし、その農地を柵や木塀で囲むなどしながら人類の生存域を増やしてきた。そうせざるを得なかったのだ。


 ゆえに街道は進むほどに開拓の最先端、あるいは最前線へと近づく。

 開拓者たちはむろん、その危険を承知で人類の支配域の間際へ近づくのであるが、多くは農民である。魔獣に対抗するにも限界がある。


 こうした開拓者を守り開拓事業を推進すべく、王国は民間に委託して魔獣退治から農業支援やインフラ整備までなんでも行うスペシャリストたちを組織せしめた。


「それが『冒険者ギルド』の始まりです」

 手綱を巧みにあやつりながら、神官服の少女が、御者台に隣り合って座っている少年に説明した。

「そうか。でもそれって、あんまり冒険者って感じはしないな」

 熱心に聞いていた少年がいう。

「ああ、それは、開拓時代の中期に一人の有能なギルドマスターが古代遺跡を見つけたりして伝説とか英雄とかよばれてそれが読み物になったりしたせいですね。彼は自らが優れた能力を持つ人物でしたが、同時に評議会を立ち上げ鉄の掟をもって荒くれものばかりだった当時のギルドを統制したんです」

「『クラッシャー・ダン』みたいな人だな」

 それなりに歴史や伝説には詳しいと自負している彼女であるが、その名には覚えがなかった。

「いや、俺が子供のころにじっちゃんがしてくれた昔話のひとだから」

「そういうの知りたいです! どんな昔話だったんですか?――」


 少女は伝説とか自分が知らないものや生物の話を聞くのが大変好きだった。そこで今度は少年のほうが、子供のころに聞いた昔話の説明を始める。

 二人は、そんなふうに言葉を交わしながら、街道を進んでいく。


「でも、助かった。ギルドに登録してみたけど何から始めればいいかわからなくて」

「開拓村の巡回は神官の務めですから、どうぞ気にしないでください。それに開拓村に出没する被害魔獣の退治は王国の重要施策で冒険者ギルドの優先課題です。受付の人も旅人さんが狩りが得意だと聞いて喜んでましたし。ですが、旅人さんも最初の依頼ということですから、無理をしないで慎重に行きましょう。

 ――ああ、でも。けがをしないに越したことはありませんが、つらいときは我慢しないでくださいね。こう見えて私、神聖魔法の治癒には自信がありますから」

 神官服の少女は笑顔で請け負った。


 ――などと、結構楽しく会話しながら、同年代の二人は途中に村に泊まったり野宿したりしながら、片道四日ほど行程を経て、荒野に近い村についた。


◇◆◇


『グランバリア饗宴録』。


 少年が探している本の名前である。


 古代魔法王国時代の書物。もっと端的に言うなら、『料理の本』である。

 魔法理論の本でも、歴史の本でもない。格調高い文学書でもない。どこまでも実用的な料理の本である。古くまた希少でいわゆる稀覯本(きこうぼん)ではあるが、今では「昔の本」以上の価値はない。


 もちろん料理の本の価値が魔法や歴史や文学に劣るといっているわけではない。むしろ珍しいジャンルの本だから歴史資料としての価値はあるだろう。

 しかし料理は実用の技であり、現在それが利用可能な知識であるかどうかが重要である。そして件の書物は、そもそも500年以上前の、それも巨大スタンピートが王国を襲って文明が根こそぎ変わってしまう前の料理の本である。

 まず記載されている食材のほとんどが入手不可能か正体不明である。ゆえに、掲載している料理の再現も不可能。要するに現在の食生活とはあまりに違いすぎていて現在の料理に役に立つ情報がないのだ。


 ――いったい誰が、そんな料理本を苦労して手に入れようと思うだろうか。


 それも王国公用語も通じていないような辺境からやってきた、旅人の少年が、である。

 まったく不自然この上ない。むしろ不自然なところしかない。


「でも……」

 

 だが、彼女には彼が何かを意図して嘘をついているようにはみえなかったのだ。


 年若いながらも、見習い神官として、一人の信仰者として、自ら望んで多くの人と接してきた彼女である。その彼女が、旅人の少年の、振舞にも表情や口調から窺える為人にも、怪しさを感じなかった。

 彼はごく普通の、彼女の奉ずる教団の教義でいうところの『善なる朋輩』であると思えた。


 そして、なによりも。


「故郷の、人たち。何よりお母さんのために……」


 拙い、学び始めたばかりの王国公用語で、一生懸命話してくれた彼の言葉が、とても嘘には思えなかったから。


 ……かつて。


 魔法王国は大いなる災厄によって、国土の半ば以上を失った。

 現在の王国はその災厄を生き残った人々が互いに助け合って再建した国。同胞を思い、隣人を大切にし、困っている人に手を差し伸べること……相互互助の精神こそがその国是。

 また他者を踏みつけにして自らおごり弱者を虐げ見捨てることは、誰より高みより人を守り統べる秩序と安寧の守護者――わが主、至高神のもっとも戒めるところ。


 よし。――と決心してからの彼女の行動は早かった。

 知り合いの古書店のおばあさんに件の書物について心当たりをあたってもらうように頼んだうえで、それ以外にもいろいろ探し物がある彼の手伝いをすべく、陰に日向に手配りを始めた。

 少年には幸いなことに、というべきだろうか。

 この見習い神官に過ぎない少女には他者に勝る行動力とコネと信念があった。

 ちょっと人から見れば、なんでそこまでと思うくらいにはあったのだ。


 ともかく彼女、王都の至高神教団の見習い神官たる彼女、フィアーネ・ユフラスは、王都を訪れた旅人たる少年のために、お節介ついでにもう一肌脱ごうと、思ったのである。


◇◆◇


 巡回神官たるフィアーネが開拓村で最初にすることは医療行為である。

 少年との会話に偽りなく彼女の神聖魔法は強力で、『治癒』でけがや病気をある程度は癒すことができる。

 むろんけがを誘発する危険行為や無理や無茶、悪い生活習慣の改善について説諭することも怠らない。

 ここでも少年がかなり本格的な薬草などの知識を持っていることが分かった。フィアーネのそれとは相違があったが、生活圏が違えば頼りにする薬草の種類も変わるので別に不思議なことではない。むしろ飲み合わせや、薬の強弱についてフィアーネの相談相手なってくれるほどの慎重さを持ち合わせているのが意外だった。

 知っているのと使いこなすのとでは、薬への向き合い方のレベルが違う。

 また、彼はけが人の扱いやお年寄りへの対応もできるので、この点でもフィアーネの負担は今回ずいぶん軽い。うれしい誤算だった。


 そんなこんなで。予定よりもフィアーネの仕事は進んだので、その日の夕方には村長から、魔獣の被害について聞くことができた。

 いずれも村の近くに出現しているが大きな群れの兆候はない。

 確認されている個体を、討伐。柵や魔獣除けのお守りをチェックすれば当座はしのげそうだと結論した。


 明けて翌日。


 家畜の放牧地に出現して地面を掘り起こして柵を倒すイノシシ型の魔獣を退治することになったのであるが、フィアーネはここでこの旅で最大の驚きを目の当たりにする。


「ええと、ロックボアは個体としてはそこそこ大きく、牙も立派ですが、何よりもその頭が固く刀剣だと傷もつきません」

「そっか」

 フィアーネの解説に少年の実に軽い答え。

 そして柵の向こうの草陰から、こちらを恐れる気配もなくあらわれた巨大なイノシシ――にむかって、少年は重りを付けたロープのようなものを投げて足を封じた後で、無造作に近づき脳天に一撃加えて倒してしまった。


「ええー」となんとなくフィアーネが言葉をなくしていると、少年は

「いや、ほら。そこが固いってことはそこを守ってるってことでだったら一番頑丈な場所は弱点ってことだから。だから一番固い場所を力いっぱい殴ればいいって鉄雲さんが」

と言い訳とも居直りとも言いかねることを早口でまくし立てた。


 フィアーネはいろいろ聞きたいことができてきたのだが、予想に反して魔獣が続けて現れ、そして――少年はそれをいとも簡単に倒していった。


 魔物の出現は一昼夜続いた。その原因は次の日の夜明けにわかった。

 夜明けの光とともに、森からすさまじい羽音がして大小さまざまな鳥が飛び立つ。


 これ見よがしな咆哮もなく。小さな小屋くらいのサイズのオオカミが森からのそりと現れた。


「ゴーストウルフ――白骨の森から出てきた『はぐれ』の個体と思われます」


 フィアーネは冷静にクオータスタッフを構えた。聖別をして銀の輪を両端につけた杖である。


 ――見込みが甘かった。あんな化け物がいるなんて。


 森の魔獣は襲い掛かってきたのではない。あの怪物から逃げてきたのだ。


 ――せめて、旅人さんだけでも逃げてもらわねば。そして村に避難指示をして、ギルドにレイドの出動要請を。


 相応の覚悟をして前をにらんでいると少年が「あれ、食べられるのかな?」とのんきなこととを言った。

 さすがのフィアーネも声を荒げた。


「あれはオオカミの亡骸に行き場のない怨霊がとりついたアンデットです。食べる場所なんてありません!」


 フィアーネ渾身のツッコミだったが、少年は「じゃあしょうがないな」と地面に置いた荷物から、一張の弓を取り出した。

 これはいくつもの部品を取り付けた複雑な形状の弓で、しかし、彼は弓を持っても矢は持っていない。


「アンデットは聖別済みのミスリル弾……だったけ、かな」


 かわりに、腰の物入から掌にちょうど握りこめるくらいの丸い球を取り出して弓につがえた。

 フィアーネは知らなかったが、少年の武器は「弾弓」だった。矢の代わりに弾丸を発射する弓である。


 すう。静かで深い息。足元をかため、腰を据えて――


「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」


 不思議な呪文を口にした刹那。少年の背から金色の光があふれた。魔力光だった。魔術に魔力を与える際、その量が過剰であると発現する、『余分な魔力』の発露――


「身体、強化……魔法」


フィアーネの声は掠れていた。もうそれ以上声が出なかった。驚きの連続で乾ききっていて唾液の一滴も出ない。


「せっかくだけど、成仏したほうがいいみたいだからな。お前は」


 少し悲しそうな声。その言葉の終わりとともに弾丸が発射される。金色から青白い光へと変化しながら、弾丸はオオカミの眉間を直撃し、次の瞬間、その体を構成していた黒い影が吹き飛んだ。


 フィアーネはもう何も考えられなかった。

 気が付けば首からかけていた聖印を握りしめていた。


「旅人さん……」


 ――あなたは、いったい。


 何が起こったのか理解できない。何も言葉にできない。でも。

 ただ何かが始まったことだけが、はっきりとわかった。


◇◆◇


「むー。『ぼたん』と『さくら』『もみじ』は結構採れたけど、ひとつも『かしわ』がない」


 村人に手伝ってもらい、討伐した魔獣を一か所に集める。アンデットにならないように儀式をした上で地面に埋めるのだ。

 そうしないと、先だってのゴーストウルフのような群体型の怨霊が死骸に憑依したりする……のであるが。


「いや、せっかく捕れたんだから、食べないともったいないよ。お化けが出るんだから」

「いえ、お化けにならないように埋めるんですが……食べられませんよ。魔獣」


 この世界、特に辺境の生物は体内に魔力を蓄えている。これによって魔獣であれば動物とは一線を画する運動能力をもつし、植物は堅牢になり刃物どころかハンマーもはじき返すようになる。魔獣の死骸も同様でその肉にはよほど怜悧な名剣であっても刃が立たない。


「ちゃんと『処理』すると食べられるよ」

「処理?」


 呆然とするとするフィアーネと村人たちをよそに、少年は空き倉庫を作業場をとして確保すると、梁から魔獣をつるし、取り出した大きめなナイフを「ざっく」と魔獣に突き立て


「えええっ!」


周囲のどよめきもなんのその、無造作に魔獣を解体し始めた。


 ……後で、少し落ち着いてから説明を受けたのであるが。


 少年の故郷ではこちらで「魔獣」と呼んでいる存在を普通の動物として扱い、食肉にしているそうなのである。その身に宿る魔力については特定の香木で燻製する、特定の塩を擦り込む、特定の不思議な色の泉に二時間つける。――などすると魔力の結合が解けて解体できるようになるらしい。


 少年の使っているナイフは、里にいる『魔女』が、それらの経験と研究に基づいて発明した「魔力の結合を破壊する魔術」を付与したもので、さらに突き立てた瞬間に魔獣の中に存在する血液が消滅するという優れものである。


「それって最早包丁でなくて魔剣の類では?」

「なんでだよ。こんなのただのナイフだってば。キサラ姉ちゃんもそういってたし」

「ええー」


 さて。問題のお肉であるが。


 結構がんばって倒したので、解体には三日かった。

 全部は持って帰れないということで残りは村で食べてもらおうとしたが、さすがに村長は迷惑そうであった。

 そこで、一番簡単な食べ方で食べてもらおうということで、野菜を分けてもらって魔獣肉とともに串にさし、炭火で焼いて試食してもらうことにした。


 剣でも傷つかず火でも燃えず、儀式をして埋めるしかないはずの『肉』が、油を滴らせながら香ばしく焼きあがるに及んで、村人の反応が変わった。

 ここは王都から四日もかかる開拓村なのだ。食べ物があるならあるだけ助かる。


「神官さんたべてるかー」

「もう。おなかいっぱいでふ」


 たべた。食べてしまった。魔獣のお肉。

 食べられるというのは発見だった。しかもおいしかったのがなんか悔しい。

 

 なんか次にロックボアに出会ったら、お肉に見えそうな気がする。


「そうか。神官さんは『ぼたん派』かー」

 ぼたん?

「そういえば、他にも「もみじ」とか「さくら」とか言ってましたね」

「うん。あと『かしわ』」

 はあ。と少年はため息をついた。


「作りたい料理があるんだけど材料が足りなくてさ。ぼたんももみじもロースもカルビもおいしいんだけど」

 ふえた!またふえた!

「おふくろは『かしわ』が好きらしいんだ」

「お肉の種類が違うんですね?」

 うん。と少年。

「みんな入れたい肉がちがうんだ」

 こんなにがんばって、お肉を確保したのに、よほど入手困難なお肉……じゃなくて、見つからない魔獣なのだろうか? その「かしわ」とやらは。


 彼が見つけられない魔獣を自分が見つけられるなんて思わない。が、何とか彼を元気づける方法はないだろうか。

 そんなことをフィアーネが考えていると、ふと視界の隅を白い物体がかすめた。


「あ! 旅人さん、ほら、あそこの木の枝のところを見てください」

 フィアーネは少年の肩をたたいて呼んだ。

 指さす先にはもこもことした巨大なネズミとも鳥ともみえる不思議な動物がいた。

「バードラットですよ。もこもこした手触りのよさそうな感じで、博物館で標本を触らしてもらったら実際手触りが最高だったんです。それでですね、あんな丸々してますが、実はれっきとした魔獣で、コカトリスの変異種なんですよ……」


 ひゅん。と風切り音がフィアーネの解説をたたき切った。

 少年が手にした例のナイフを投擲したのだ。

 そして狙いはあやまたず。吸い込まれるように樹上の白くもこもこしたものの真ん中あたりへと――


「近くによらなければ危険はなくて、遠くから見る分には愛らしいので荒野の癒し的なそんざ」

「やったーかしわだーっ。鍋だー鍋ができるぞー!……ああ、ごめん。神官さん聞いてなかった。なんだっけ?」


 ◇◆◇


 バードラットは次の日のお鍋の具になった。

 大変おいしかった。

 でも、フィアーネの気持ちは晴れなかった。


 王都に帰った次の日、ギルドで待ち合わせをした時、旅人さんが彼女に白いもこもことしたものをくれた。


 なんでも、彼の故郷ではバードラットを狩った後、その毛皮で人形をつくるそうで中に綿のほかににおい袋などもいれて、抱きしめて寝ると安眠できるとか。

 それを思い出したので少年は元気のなかったフィアーネのためにつくってくれたらしい。


 バードラットのぬいぐるみを。


 フィアーネはしばらくそれを抱いて寝た。




 



 

 


 


 

 


 



 

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