第42話 封印の地⑦ 西の巫女の過去

 それに引き寄せられるように死んだ魂たちが集まってきた。魂たちは闇淤加美神様に憑りつこうと手を伸ばすが、何かに弾かれたように手を引っ込めた。弾いたのは瑠姫様の魂が宿った簪だ。荒魂になりかけている魂から愛する人を死んだ後も護ろうとしているのだろう。

 けれど、彼女の想いも虚しく彼に届かない。


「人間の魂を送る、か。ははは。くだらない。愛する者の魂すら送れないのにこんなやつらの魂を送らなければならないのか」


「主それは……!」


「ああ。分かっている、分かってはいるが瑠姫を殺された今、人間に対する嫌悪感と憎悪が溢れて止まらない。止雨、離れろ」


「ですが!」


「いいから! 離れろ!」


 圧力に負けた止雨様が闇淤加美神様から距離を取った。すぐに闇淤加美神様の足元から大量の黒い塵が吹き出して彼を包んだ。簪だけが塵の渦から弾きだされて地面に落ちた。暗雲が空を覆い禍々しい空気が辺りに立ち込める。闇淤加美神様を包む塵は死んだ魂を次々と取り込んで範囲を広げる。それはついには生者まで取り込み始めた。悲鳴が上がり、人々は武器を捨てて走り出した。目には見えない何かに襲われる恐怖に戦場が包まれる。次第に塵が収束し始めて中から出てきたのは闇淤加美神様ではなく、巨大な龍。闇御津羽神様のような美しい白龍ではなく、黒く禍々しい邪龍だ。


「闇淤加美神様?」


「はい。恨み、悲しみすべての負の感情を取り込んだ果ての姿。鬼よりも強力で邪悪な龍。這い出す息は猛毒で周囲の人を殺し、纏う空気は重く、呪いをまき散らす存在。元はとても美しい白龍だったんですよ」


 瑠姫様の声は震えていて今にも泣きそうだ。


「主、主!」


 止雨様が叫んでいるけれど、自我を失った闇淤加美神様は気づかない。それどころか攻撃しようと牙を剥く。


「危ない!」


 過去の記憶を体験しているにすぎないと分かってはいても身体が動いて止雨様の元に向かう。間に合わない。止雨様に牙が届く寸前、金属音が響いた。


「何をしているんだ。闇淤加美」


 駆け付けた闇御津羽神様の剣が邪龍の牙を弾いた。動けない止雨様の腕を祈雨様が強く引いてその場から引き離した。


「馬鹿やろう! 自分が呑み込まれてどうする!? しっかりしろ!」


 自我を失った闇淤加美神様からの攻撃を剣で弾きながら諭そうと試みるけれど、目の前の闇御津羽神様が分からないのか攻撃の姿勢は変わらない。その中で爪が闇御津羽神様の腕を掠めた。痛みに顔を歪めて腕を抑える彼の腕からは血が流れて同時に黒い塵が傷口に入り込む。


「闇淤加美神様!」


 跪いた闇御津羽神様に邪龍の牙が迫る。遅れてきた東側の巫女様は邪龍に悲鳴を上げて気を失ってしまった。彼の危機に記憶の体験だと分かっていても駆け寄ろうとした私は動きを止める。闇御津羽神様と邪龍の間に光の柱が現れた。

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