第41話 封印の地⑥ 西の巫女の過去

 彼の身体から黒い塵のようなものが出てくる。これは何度か見たことがある。荒魂が生まれる前の魂がまとっていた恨みや悲しみが形になったものだ。


「闇淤加美神様は瑠姫様の死に強い恨みや悲しみを抱いた?」


 私の独白に瑠姫様は泣きそうに顔を歪ませて頷いて何度もごめんなさいと繰り返す。自分のせいで闇淤加美神様に強い負の感情を抱かせてしまったと嘆いている。私は声をかけることができず、ただ成り行きを見守ることしかできない。


 闇御津羽神様は瑠姫様の亡骸を抱くと自分の使命を果たすために立ち上がった。その拍子に瑠姫様の手から簪が滑り落ちた。地面に金属が打ちつけられた音に闇御津羽神様が気付き、止雨様が簪を拾う。


「主、これは」

「瑠姫……」


 止雨様の手に乗せられた簪を見下ろす闇淤加美神様は絞り出すように瑠姫様の名前を呼んでさらに抱く手に力を入れる。その様子を瑠姫様の魂が見つめている。受け取った簪を大事に持っていた意味が分からない二人ではない。殺されなければきっと瑠姫様たちは添い遂げていただろう。


 止雨様が簪を動かない瑠姫様の身体の上に乗せた。簪に瑠姫様の魂が近づいて触れると魂は簪に吸い込まれるように姿を消した。驚いている間にも闇淤加美神様たちの会話は進む。私の意識は彼らへと向いた。


「このまま戦場に向かう」

「巫女が不在の中どうするおつもりですか? 東側の巫女へ協力を要請した方が」


 進言する止雨様の言葉を首を左右に振って闇淤加美神様は遮った。止雨様の言う通り巫女が不在の今、魂を鎮めることができるのは東側の巫女のみ。けれど、戦は今も続いている。事情を説明して巫女の到着を待つ間にも死者の魂は増え、荒魂が生まれる可能性が高くなる。闇淤加美神様は黒い塵のようなものを纏ったまま姿を消し、止雨様もその後を追うように消えた。


 次に目の前に現れたのはさっき来た荒野だ。魂たちの再現で見た光景と同じものが広がっている。いや、さらに酷く生々しいものだ。


「これが戦争」


 剣や弓を手にした人々が互いを傷つけ合う鮮血が飛び、悲鳴と咆哮が混じる。中には命乞いをする者、人を殺すことをためらわない者のわらい声が混じる。私は見ていられず思わず口を押えた。込み上げてくる嘔気を堪えていると瑠姫様が背中を優しく擦ってくれる。私は唇を強く噛んで耐えながら闇淤加美神様たちを見た。彼は瑠姫様を強く抱いて戦場を見ていた。怒りが伝わってくる。


「人間とはこんなに愚かな生き物なのか。こんなやつらに瑠姫は殺されたのか? は、ははははっ」

「闇淤加美神様?」


 笑い始めた闇淤加美神様を心配そうに止雨様が見上げた直後、彼は目を見開いた。恐怖に身体が震えている。同時に闇淤加美神様から出る黒い塵のようなものの量が増えた。

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