第40話 封印の地⑤ 西の巫女の過去

桜の花が彼女の動きに合わせて揺れる。それを見つめる闇淤加美神様は愛おしそうだ。隣に立つ瑠姫様を盗み見ると泣いていた。


「あの時、簪を贈られた意味を知っていれば。もっと早く気持ちをお伝えできていれば」


 両手で顔を覆い、後悔を口にする瑠姫様に私は何も言えなかった。きっと二人とも想いあっていたのだろう。おそらく今見ているのは瑠姫様の過去。これからの展開を知っているからこそ言葉が出てこない。何を言っても薄っぺらい言葉にしか聞こえないだろう。私は奥歯を噛み締めた。


 再び視界が変化する。大規模な戦が始まり大勢の人が死んだと報告を受けた闇淤加美神様と止雨様は急いで戦場へ向かうことになった。瑠姫様も同行するはずだったが、彼女は自分の親に挨拶をするために故郷へ立ち寄った。戦場に赴くこと、そこで命を落とすかもしれないこと、それから神である闇淤加美神様の傍で生きていく決心をしたことを伝えた。両親は娘の決心を受け止めて送り出した。


 瑠姫様が戦場へ向かおうとしていた先、背後から剣で斬りつけられた。深い傷口から血が流れ、痛みで瑠姫様は倒れた。何度か立ち上がろうと試みたけれど、力が入らず失敗する。立ち上がれない彼女は地面をいずってでも戦場へ向かおうとする。


「行、かな、いと……。彼、が、待、って、る」


 出血は止まらず、呼吸も浅くなり白い小忌衣は血で真っ赤に染まっていった。地面に爪を立てながら涙を流す瑠姫様に私は駆けよろうとするけれど、瑠姫様に止まられた。


「これは過去。助けることはできません」

「ですが!」

「優しいですね。ありがとうございます。その気持ちだけで十分です」


 続きを見てほしいと言われて私は駆けよりたい衝動を抑えて彼女の言う通り見守ることにした。


「ごめ、ん、な、さ……。も、う」


 瑠姫様はほとんど力の入らなくなった手で胸元から簪を取り出して握りしめた。力尽きた瑠姫様は息を引き取った。死んだ彼女の身体から魂が出て瑠姫様自身を見下ろしている。そんな中、闇淤加美神様と止雨様が来た。血まみれの中倒れる瑠姫様を見つめ立ち尽くす闇淤加美神様を魂となった瑠姫様が悲しそうな顔で見つめた。


「瑠姫? どうして……」


 膝をついて血だまりから掬い上げる闇淤加美神様の声は震えていた。


「誰がこんなことを!」


 止雨様が怒りをあらわにして剣を構えて周囲を見回す。けれど、瑠姫様を殺した人はすでに立ち去っていて周囲には人の気配はない。


「なあ、瑠姫。返事をしてくれ」


 呼びかけにすでに死んでいる瑠姫様は答えない。闇淤加美神様は彼女の遺体を強く抱きしめて肩を震わせた。

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