第38話 封印の地③

「闇御津羽神様、彼らの魂を運んでくださいますか?」

「あ、ああ。構わないが鈴華お前は何を」

「私にできることを。だから、見ていてください」


 舞装束を着ていた私は両腕を広げた。


神火清明しんかせいめい神水清明しんすいせいめい神風清明しんふうせいめい


 唱えて両手を叩くと周囲の空気が浄化された。呼吸が楽になる。頭痛も和らいだ。続けて私は梅の青摺あおずりが入った小忌衣おみごろもを揺らす。


幽世かくりよの大神、あわれみ給い恵み給え、幸魂奇魂さきみたまくしみたま守り給い幸い給え」


 私の足元を中心に淡く光り始めた。闇御津羽神様たちにも魂が視認出来たのか、背後で彼らが息を呑んだのを感じた。私に気づいた魂たちがうめき声を上げながら近づいてくる。殺そうとすると言うよりかは助けを求めているような気がする。私を護るように祈雨様と止雨様が前に立つ。大丈夫、逃げない。震える脚に力を込めて魂を見据える。


「付くも不肖ふしょう、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし。生は難の池水つもりてふちとなる。鬼神に横道なし。人間に疑いなし。教化に付かざるにりて時を切ってすゆるなり。下のふたへも推してする」


 唱え終わると魂たちは動きを止めて天を仰いだ。


「鈴華。よくやった。後は任せろ」


 両肩を力強く掴む手に安堵感が広がる。私が頷くと美しい白龍が現れる。神楽殿で見たのはやっぱり彼だ。魂の運び手である龍神は浄化された魂を連れて天へと上った。

 見送った私が荒野を見ると一人の女性が立っていた。舞装束を着た女性は一礼すると手招きした。付いてきてほしいのだろうか。


「鈴華様、お疲れさまです。闇御津羽神様が戻られるまで休憩を」

「鈴華様?」


 一点を見つめている私を心配した二人が目の前で手をかざす。


「すみません。そこに舞装束を着た女性がいて、来てほしいみたいなんです」

「舞装束の女性」


 止雨様が考え込むような仕草をする。


「止雨? 気になることでもあるの?」

「うん。もしかしたら西の巫女様、瑠姫るき様かも」

「行っても大丈夫でしょうか?」


「闇御津羽神様はまだ帰って来てないけど、瑠姫様なら大丈夫だと思う」

「止雨が言うなら。でも、万が一があるから私たちもお供します」


 私は瑠姫様の後をついていく。止雨様曰く、案内されているのは闇淤加美神様の封じられている場所とは違うらしい。荒野を少し歩いた先で瑠姫様が止まった。地面を指す先を見ると光る何かを見つけた。屈んで手に取ったのは金色の桜の形のかんざし。顔を上げると瑠姫様は微笑んでいる。


「これは貴女の物ですか?」


 問いに相手は頷いた。魂は物体に触れられない。瑠姫様は白く細い指で簪に触れた。

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