第36話 封印の地①

「はーい。その辺で。ここは客間ですので闇御津羽神様は自重してください。あの子たちが両手で目を隠しながら指の隙間から覗いていますので教育に悪いです」

「阿須波」


 邪魔をされた闇御津羽神様が地を這うような声を出した。祈雨様と止雨様が肩を揺らして阿須波様の後ろに隠れたのに対して阿須波様は気にした様子もなく涼しい顔をしている。


「そうそう、瀬織津姫様から言伝ことづてです」


 そう言うと阿須波様はこほん、と咳払いをして瀬織津姫様の声真似で話し始めた。


「言い忘れておったわ。天照大御神様もおっしゃっていたようにまずは闇淤加美神に会うのが先だ。あやつが封印されているのはかつての戦場の跡地。今は人間も立ち入らない針のような岩山の奥、岩と岩の間にある巨大な氷塊の中。普段はそこへの道を閉ざしておるが特別に通してやる。四人で行って来い、とのことです」


 戦場の跡、針のような岩山、巨大な氷塊どれも今まで生きてきた中で見たこともないものだ。想像もできない。ただ、闇淤加美神様といえば止雨様のことが気になって阿須波様の後ろに隠れていた彼を見た。止雨様の瞳が揺れている。封印されてから長い年月が経っていることを思えば封印されているとはいえ、大切な方に久しぶりに会えるのだから押し寄せる感情もあるのだろう。


「闇御津羽神様、いかがですか?」

「いかがも何も天照大御神様が会えと言うのだから行くしかないだろう。鈴華の安全は俺たちが保証する。だから鈴華、共に行くぞ」


「はい。どこまでもお供します。それに私は闇淤加美神様のことを知りたい。いえ、鎮めるにはちゃんと知りたいです」

「鈴華様、ありがとうございます」


 止雨様が私の傍に来て頭を下げた。彼に頭を下げられる理由が分からず私は慌てて身を屈めて止雨様と目線を合わせて首を左右に振った。


「止雨様、頭を上げてください。私は自分のために行動しているだけなので、お礼を言われることではないです」

「それでもです。鈴華様がご自分のために行動するとしても結果的に闇淤加美神様を鎮めてくださることに変わりはありません。それに、闇淤加美神様のことを知ろうとしてくださるのが嬉しいんです。だから、ありがとうございます」


 そう言って微笑んだ止雨様に私もつられて目元を緩めた。


「闇御津羽神様、眉間に皺が寄っていますよ」

「うるさい。邪魔をするほど俺は狭量きょうりょうではない」

「ふふ、そうですか」


 私たちを挟んで行われる会話を聞きながら二人がどんな表情をしているのか見なくても簡単に想像できるようになってきた。二人の表情を想像した私は自然と笑っていた。

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