第34話 力
それぞれの前に茶器が置かれてお茶が注がれる。阿須波様の言葉に瀬織津姫様は渋い顔をして唸っていた。
「止めたところで鈴華は引かんだろう。お前だってわかっているくせに意地が悪いぞ」
「ふふ。すみません」
そう言いながら阿須波様も椅子に腰かけた。
「闇御津羽神様は先ほどからだんまりですが言いたい事があるのではないですか?」
「俺は反対だ。闇淤加美はすでに自我を失っている。俺たちの声も届かないんだ。鎮めるためには一度封印を解く必要がある。封印から目覚めたあいつがどう暴れるか、どんな被害が出るかわからない」
「好機は一度だけ。失敗すればすべてが終わる。御津坊も鈴華も死ぬだろう。それだけではない。闇淤加美が暴れれば体内に取り込んだ荒魂も放出され、この世は呪いで溢れるだろうな」
二人の表情と声音から事実なのだろう。私は鎮めると誓ったが、言うほど簡単ではない。失敗すればすべてを失う。
私は右手で左腕を強く掴んだ。彼の命とすべてを天秤にかけていることを突きつけられた気がする。
でも、私はそれでも彼を救いたい。もう目の前で誰かを失うことは嫌だ。なんて私は酷い人間なのだろう。視線が机の上まで落ちていく。腕を握る手に力が入る。
「鈴華様、大丈夫ですか?」
気づいた阿須波様がそっと私の右手に触れる。顔を上げると心配そうな表情の阿須波様が私を見ていた。心配ないと伝えようとして笑顔を作ろうとして失敗した。
「こほん。お二人ともそのへんで。瀬織津姫様も鈴華様を不安にさせるために話をしに来たのではないでしょう?」
「そうだったな。すまぬ。私は鈴華に確認したくて来た。お前の決意は分かった。だが、荒魂を取り込みすぎた闇淤加美を鎮めるためには今のままでは力が足りぬ」
「力、ですか」
瀬織津姫様が頷く。力とは巫女の力のことだろう。私は正当な巫女ではないのだから当然だ。
瞳を受け継いでいるだけの神歌と舞いが出来るだけのただの庶民。力なんてない。
「顔を上げよ。お前の悪い癖だ。もう少し自信を持ちなさい。お前は巫女だ。巫女としての力は神歌を唱えることや舞いを舞うことではない。前に話しただろう。眼だ。お前の眼は魂を視認するだけでなく、本質を見抜くことができる。天照大御神様の姿を見たのだろう? それがお前の力だ」
顔を上げると瀬織津姫様が微笑んでいた。腕に込めた力が緩む。
「私が言った力が足りぬと言うのは経験不足ということだ。お前はまだ一度しか御霊送りの儀式をしていないだろう」
毎日欠かさず舞いの練習は行っているけれど、初めて闇御津羽神様と出会った時以来御霊送りは行っていない。
「舞いの精度も上げなければならぬ。それは私が直々に指導しよう。あとはお前が自ら経験を積めばよい」
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