第30話 腕の中の心地よさ
台盤所に着いた頃には朝食の支度はほとんど終わっていて
阿須波様は怒っている時も笑顔の時が多い。この方が本気で怒ったら笑顔は消えてしまうのだろうか。
穏やかな人ほど怒らせると怖いと聞いたことはあるけれど、阿須波様は怒らせない方がいいと思う。
そんなことを考えながら朝食の準備を終えて五人で食事をした後は闇御津羽神様の部屋に招かれた。
隣には闇御津羽神様。この前と同じで膝に頭を乗せるのだろうかと緊張していると彼が名前を呼んだ。
「鈴華。さっきも言ったが、菓子美味かった。ありがとう。嬉しかった」
彼の言葉が染み込んでいく。胸が温かくなるのを感じて自分の胸に手を添えた。満たされていく。自然と頬が緩んだ。
「喜んでいただけたのなら嬉しいです。お口に合ってよかったです」
「……ああ。うん、その鈴華」
「はい」
素直な気持ちを口にした私を見ていた闇御津羽神様が珍しく顔を逸らした。長い髪が彼の顔を隠してしまう。
もったいないと思ったら身体が動いていた。自分から彼に近づくのは初めて。座面に手を付いて身体を傾ける。
「微笑んでほしいとずっと思っていたが思わぬ形で叶ってしまって嬉しい反面、やはり俺は嫉妬深いらしい。その表情は他に見せたくないと思っ、って鈴華!?」
近付いていたことに気づいていなかった闇御津羽神様が私の方を見て声を裏返した。思わぬ反応に私も驚いてビクッと肩を揺らした。
彼の髪に触れようとしていた手が行き場をなくして止まる。彼の声に私は自分の行動に驚いた。私は今何をしようとしていたのだろう。
「急にどうしたんだ? お前から近づいてくるなんて珍しいな」
「わ、私、どうしたんでしょう。闇御津羽神様の顔が髪で隠れてしまってもったいないなと思ったら身体が勝手に動いてしまって」
行動を言葉にしたら恥ずかしくなった。顔が熱い。手を引こうとして彼に捕まれた。そのまま引き寄せられて腕の中に閉じ込められる。
自分の鼓動が速くなるのと同時、彼の鼓動の音が聞こえる。私と同じくらい速い鼓動に顔を上げて彼を見た。
けれど、顔を見られたくなかったのか闇御津羽神様の大きな手が私の後頭部に添えられて彼の胸にもう一度埋められる。
「あの、闇御津羽神様?」
「すまない。もう少しこのまま」
抱きしめてくる腕に力を込められる。彼の腕の中と彼の鼓動が心地いいと気づいてしまった。私は返事の代わりに彼の胸に額をすり寄せた。
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