第29話 菓子の礼
「
常に忙しい彼を朝から見ることは珍しい。最後に見たのは彼が仮眠を取った時だ。あの時の膝に乗せられた頭の重みを思い出して顔に熱が集中する。
そう言えば昨日の差し入れは食べてくれただろうか。反応が分からないけれど、自分から聞く勇気はない。
「おはよう鈴華。ようやくお前の顔が見られた。元気そうでなによりだ」
そう言って闇御津羽神様は私の頬に右手を添えて優しく撫でる。それだけで鼓動が速くなるのはなぜだろう。私は彼を見つめた。
「昨日の菓子は鈴華が作ったのだろう? 美味かった。おかげで仕事も早く片付いた」
「い、いえ。私は阿須波様の手伝いをしたたけです。たいしたことは」
「謙遜するな。阿須波が言っていたぞ。ほとんど鈴華が作って自分は作り方を説明しただけだと」
反応が欲しいとは思ったけれど、直球で言われると
強制的に上を向かされて整った彼の顔を間近で見ることになる。
「あ、あの。闇御津羽神様」
鼓動が速くなる。顔が熱い。どうしていいか分からず混乱した思考の中、口を何度も開閉させていると台盤所から阿須波様の声がした。
「そろそろ朝食ができますよ~。闇御津羽神様もしびれを切らせて自ら迎えに行っておいて何やっているんですか?」
「……」
明らかに不機嫌そうな表情になった闇御津羽神様は深く重い溜息と共に私の顔から手を離した。
阿須波様が声をかけなかったらどうなっていたのだろうか。まだ頬が熱い。鼓動も速いままだ。私はこっそりと息を吐いた。
「仕方ない阿須波が待ってる。行こう」
「はい」
差し伸べられた手に私は自分の手を重ねた。祈雨様と違って大きな手だけれど、温かさは祈雨様と変わらない。
彼に手を引かれて歩きながら背後を見ると祈雨様と止雨様は二人揃って見てはいけないものを見てしまったと両手で目を覆っていた。
けれど覆っている指は僅かに隙間を作っており私たちのやり取りをしっかり見ていたようだ。
見られていたと思うと妙に落ち着かない。私は視線を戻して彼に手を引かれた。
「鈴華」
「はい!」
名を呼ばれて思わず返事をする。
「菓子の礼は後でする。先ほどの続きと共に」
「えっと、え?」
先程の続きと言われて私の顔は熱の引かぬまま再び熱を帯びる。
何をするのかは分からないけれど、あの綺麗な顔をもう一度至近距離で見るとなれば今度こそ心臓は持たないかもしれない。
前を歩く彼の手は私を逃がさないと言わんばかりに強く握られる。私は赤い顔を隠すように俯きながらも彼の手に力を込めて握り返した。
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