第26話 差し入れ

 あれからしばらくは普段通りの生活が続いている。食事の用意も慣れて阿須波様と共に作ることが日課になった。


 食事が終われば機織りをして、舞いの練習を終えた後は阿須波様から文字を教わっている。読み書きもできない私は彼の手伝いができないことに気づいた。


 阿須波様に読み書きを教わりたいと頼んだらあっさり了承されて練習が始まり、今ではだいぶ読み書きができるようになった。


 機織りは幼いころから仕事として行っていたから苦ではないけれど、なぜ機織りをしているのか分からなかった。そのことを阿須波様に尋ねた。


「阿須波様、なぜ機織りが必要なのでしょうか。反物を売る必要があるようには思えないのですが」


「機織りはですね、御霊送りの儀式の際に着る巫女の衣装を作るために必要なのです。特別な糸で編まれた反物で作る巫女服は神気を纏(まと)い神秘的なんですよ。これは初代巫女様の頃から受け継がれているものですから伝統的なものなのです。他人が織っては意味がないので代々巫女様はご自分で織らなければいけないのです」


「そうだったんですね。もしかして朱姫も機織りを?」


「ええ。瀬織津姫様が女には必要だ、とか言って叩き込みました。機織りまで受け継がれていたことに驚きましたが、ふふ、懐かしいです」


 阿須波様はそう言うと懐かしそうに目元を緩めた。




 忙しいのか闇御津羽神様とは会えていない。姿すら見ることがない。また疲れていないだろうか、いつか倒れないだろうか。


 心配が募っていく。感情が顔に出ていたのだろう。


「そんなにご心配なら差し入れでも一緒にお作りしますか?」


「差し入れですか?」


「ええ。闇御津羽神様は忙しいとすぐに食事を抜いてしまいますからね。いくら神の身であってもずっと食事を抜いては弱ってしまいますので」


 疲労の色が濃い彼の顔を思い浮かべた私は阿須波様と共に差し入れを作りたいと思った。少しでも力になれるなら、そう思ったのと同時に声に出ていた。


「お手伝いさせてください」


「はい。きっと喜びますよ」


 笑顔を向けた阿須波様に案内されて私は台盤所だいばんどころにきた。差し入れは桃枝とうし清浄歓喜団せいじょうかんきだんという菓子だ。


 桃枝は米粉を水と甘葛あまずらの汁を加えて練り、茹でた後桃の枝のように成形して最後に油で揚げて作り、清浄歓喜団は米粉で作った生地でお香を練り込んだこし餡を金袋型に包んで油で揚げて作ったものだ。


 完成した黄金色の二種類の菓子が珍しくて見つめていると阿須波様が味見と称して食べさせてくれた。


 揚げているからか、カリ、と音が鳴る。


 甘さはそんなにないが、食感がよくて手軽に食べられる。これなら差し入れとして申し分ない。


 こんなものが世の中にはあったのかと驚いていると、護衛として傍にいた止雨様が羨ましそうに見ていた。

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