第21話 休息

 助けを求めるように阿須波様を見たけれど、阿須波様はすでに祈雨様と止雨様を連れて部屋を出て行こうとしていた。


「あの」


 手を伸ばした私の手を闇御津羽神様が掴む。困惑する私に阿須波様が振り向いて笑顔を向けてきた。


「鈴華様。闇御津羽神様をよろしくお願いしますね。闇御津羽神様、ほどほどになさってくださいませ」


「阿須波様」


「ふふ。さあ、お二人とも行きましょう。梨を用意しておりますので一緒に食べましょう」


 梨と聞いて祈雨様と止雨様は両手を上げて喜びを表現すると足早に出て行ってしまった。残された私は闇御津羽神様を見上げる。


 休息に付き合うとは何をすればいいのだろう。庶民の私に出来ることなんてほとんどない。


 出来ることと言えば簡素な料理と機織り、舞いと神歌を唱えることだけ。身分の高い方たちの休息方法なんて想像できない。


「鈴華」


「は、はい」


 名前を呼ばれて背筋が伸びる。緊張が顔に出ていたのだろう、闇御津羽神様は少し困ったような顔をした。


「そんな不安そうな顔をするな。難しいことを要求するつもりはない」


「では、私は何をすれば」


 私の問いに闇御津羽神様は少し考えるように指を顎に添えた。


 なにかを思いついたのか、人が横になれるほどの長さがあるしょうに腰かけると手招きする。


 私は彼に従い隣ではなく端に腰かけた。座った位置が悪かったのか、ムッとした表情を向けられる。


「なぜそんなに離れる」


「と、隣に座るのは緊張すると言いますか、恐れ多いと言いますか」


 言い淀む私に闇御津羽神様が溜息をこぼす。


「緊張することはない。というか、ここに来て日が経っているのだからそろそろ慣れろ」


 慣れろと言われても、今までの生活と異なっている。それにお母さんと二人で暮らしていた私は男性に対する免疫がない。


 どう接していいか、何を話していいのか分からない。加えて彼は水龍様だ。神様相手に話をして気分を害したらと考えたら言葉が出てこない。


 先ほどは疲労の色が濃い彼に休んでほしくて必死だったから言葉が出たけれど、今思えばかなり不敬だったのではないだろうか。私はくんをギュッと握った。


「鈴華」


「はい」


「そこを動くなよ。あと、手を退かせ」


 反射的に手を離した私の膝の上に彼が頭を乗せてきた。驚いた私は両手を浮かせたまま固まる。


 目をしばたたかせて視線を下に移すとこちらをジッと見つめている闇御津羽神様と目が合う。


「闇御津羽神様? あの、これはどういう」


「休んでいる」


 直球の答えが返ってくる。思わず私は首を傾けた。


「お前が休めと言うから横になって休むことにした」


 言いたいことは分かる。それとこの状況とが繋がらない。私の膝上ではない方が休めると思うのだけれど。


「それなら私の膝上は適さないと思うのですが。お休みになるのでしたらすぐに退けます」


「違う。そうではなくて。なんで伝わらないんだ」


 退けたくても彼の頭が乗せられていては立ち上がることができない。額に手を置いて溜息交じり言う彼の言葉から退くのは正解でないないらしい。


「闇御津羽神様、このままお休みになるのですか?」


「ああ、少しだけ仮眠を取る。お前が不快に思わなければこのまま休ませてくれ。ダメか?」


 問われて私は首を左右に振った。不快ではない。こんなことで彼の疲れが取れるのならいくらでも膝を貸そう。


「闇御津羽神様の疲れが癒されるのであればいくらでも」


「そうか。では、このまま少し眠る」


「はい。おやすみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る