第18話 迎え

 木簡は長屋に置いてきてしまったから処分されてしまっているだろう。これが伝えられる精一杯だ。


 瀬織津姫様を見ると、涙を流していた。何度も朱姫の名前を呼んで謝っている。私は伝えて良かったのか不安になった。


 伝えたことを後悔し始めて俯きかけた私に瀬織津姫様は私の名前を呼んだ。


 顔を上げると、彼女が私を抱きしめる。驚いて固まる私に瀬織津姫様は告げた。


「鈴華、ありがとう。あの子の言葉を届けてくれてありがとう。嫌われていると思っていたんだがなぁ、そうか。楽しくて、幸せだったか。そうか」


 抱きしめながら瀬織津姫様は噛み締めるように繰り返した。行き場のない手を彷徨わせていた私は少し迷った後、瀬織津姫様の背中に手を添えた。





 落ち着いた瀬織津姫様に促されてお茶を飲んでいると正面に座ってお茶を飲んだ瀬織津姫様が微笑んだ。やっぱり綺麗な方だ。


「長い間お前を独り占めしてしまったな。そろそろ御津坊が痺れを切らせる頃か」


 今度は悪戯っ子のように笑っている。そういえば闇御津羽神くらみつは様は仕事をしているんだった。


 とても忙しそうにしている彼を思い出して迎えの手を煩わせるのは申し訳ない気がしてきた。


「忙しそうだから一人で帰ろうと思っているのか?」


 なんで分かるんだろう。顔に出ていたのか瀬織津姫様はふふっ、と小さく笑う。


「あいつが忙しいのは事実だが、お前を迎えに来るのは問題ない。むしろ呼ばない方が機嫌を損ねるぞ」


 闇御津羽神様が忙しいのは、本来は二人の神が行うべき仕事を今は事情があって一人で行っているかららしい。


 詳しくは本人に聞くように言われてしまった。なにか私に手伝えることがあれば手伝いたいと思う。私を絶望から救ってくれた彼のために。


「祈雨、聞こえていたな。御津坊を呼べ」


「はい。すぐに」


 外で待機していた祈雨様はそう言うと目を閉じた。声を出すわけでもなく目を開けると闇御津羽神様はすぐに来ます、と言って間もなく闇御津羽神様が迎えに来た。


「思ったより早かったな御津坊。そんなに鈴華が心配だったか?」


「そうですね。瀬織津姫に変なことを吹き込まれていないか心配でした」


「はははっ。言うようになったな。鈴華とは有意義な時間を過ごせたよ。なあ、鈴華」


「はい。いろいろなことを教えていただきました」


「そうか。お前が良かったならいい。そろそろ帰ろう」


 闇御津羽神様が左手を差し出した。

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