第17話 朱姫からの文

「私が?」


「自分の眼を見たことがないのか?」


「はい。鏡なんてありませんでしたし、お母さんも眼の色について何も言っていませんでしたので」


 私の眼の色が紫色だと言われても確認するすべはない。けれど、魂を視認できる力はこの眼のものなのだろう。


「朱姫の子孫という点とその眼。お前は間違いなく巫女の資格を得ているんだよ」


「ですが私は」


 瀬織津姫様の言葉を信じていないわけではないが、それでも私は巫女に相応しいのか分からない。私の表情を見た瀬織津姫様は話題を変えた。


「お前を呼んだのは先ほども話したが、興味があったからだが、もう一つ理由はある」


「もう一つの理由ですか?」


「ああ。阿須波がな、お前が朱姫にそっくりだと言いに来たんだ。半信半疑だったが、阿須波が言うならと実際に見てみたくなった。会ってみて分かったよ。お前は本当に朱姫にそっくりだ」


 目元が赤くなった瀬織津姫様は私に手を伸ばした。細くて白い綺麗な指先が頬を撫でて最後に頭を優しく撫でた。


 彼女の表情はお母さんのような慈しみを含んでいて少しくすぐったい。


「朱姫が身ごもったことに悲観していたが、あの子の子孫であるお前に会えた。あの時私は朱姫を見放したことをあの子は許してくれないだろうがな……」


 悲しそうに言う瀬織津姫様に私は言葉を探した。


 ふと、受け継いだものの中に一つだけ他と違うものがあることを思い出した。


 それは木簡もっかんに書かれていて代々受け継がれていて、字が読めない私はなんて書いてあるか分からなかった。お母さんに聞くと内容を話してくれた。


 今思えば木簡に書かれていたものはふみのようなものだろう。


 教えてもらった時は意味が分からなかったけれど、文は朱姫から瀬織津姫様と阿須波様に宛てたものだと分かる。


 朱姫はいつか自分の子孫が瀬織津姫様たちに会うことを願って残したんだろう。


 それなら私がするべきことは瀬織津姫様に伝えることだ。


「あの、瀬織津姫様にお伝えしたいことがあります」


「なんだ?」


「受け継いだものの中に一つだけ御霊送りとは関係ないものがあって、木簡に書かれていた文のようなものなんですけど、たぶん朱姫から瀬織津姫様に向けての言葉が綴られていたんです」


 瀬織津姫様の目が大きく開かれる。私は文の内容を話した。





 ここではない別の世界の貴女。どうか愚かな私を許してください。あの日、興味本位で外に出てしまってごめんなさい。


 何も、なにも伝えられず別れたことを今でも後悔しています。もう二度と会えないことに絶望しました。


 けれど、会えなくても歌と舞いが貴女たち届くように私は続けます。


 私を育ててくれた二人の母。二人と過ごした日々はとても楽しくて、幸せでした。いつか伝えられることを願って。


 お母様、私は愚かな娘ですが、二人のことが好きでした。

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