第10話 選択
雨に濡れて怪我を負っていた私を見て阿須波様が小さな悲鳴を上げたところで意識が途切れた。
何日眠っていたか分からない。私は自分の額を優しく撫でられる感覚で目を覚ました。その手は大きくて温かい。お母さんとは違う手だ。
うっすらと目を開けると以前見た天井。視線をずらして辺りに誰かいないか探した。
「目を覚まされましたか?」
声をかけてきたのは阿須波様。看病してくれていたのか、彼女はすぐ傍にいた。阿須波様の隣には闇御津羽神様もいて、少し安堵したような表情を見せた。
起き上がろうと腕に力を込めた私を阿須波様が制止して首を左右に振る。
「なりません。鈴華様。まだ病み上がりなのですから寝ていてくださいませ」
「でも」
久しぶりに出した声はかすれて、思いの外声量が出なかった。驚く私に阿須波様は簡単に経緯を話してくれた。
「こちらに運ばれた鈴華様は額に負った怪我と雨に濡れたことが重なり数日間熱を出されていたんです。もともと栄養状態も良くなかったので回復に時間がかかっていたんですよ」
長屋で石をぶつけられたところに手を当てた。手当された後で痛みはほとんどない。
「ありがとうございました」
お礼を伝えると阿須波様は優しく微笑んで額を撫でてくれた。目を覚ます前の手とは異なっているけれど温かい。
目頭が熱くなって涙が零れそうになる。
「鈴華。そのままで聞いてくれ」
「お前を帰したことを後悔している。貴族どもの行動の速さを見誤った俺の責任でもある。すまなかった」
「そんなこと」
帰る選択をしたのは私の方。彼が謝る必要はない。否定しようとした私を阿須波様が止める。
「貴族どもには俺から改めて言いに行くが、鈴華。もう一度問う。正式に巫女にならないか。貴族どもはもう信用できない。元から巫女としての力の衰退は感じていたが、今回の件が決定打になった」
彼の話では先の一件で御霊送りの儀式を失敗した巫女様はすでに貴族の屋敷に戻ったらしい。
儀式は四年に一度で、巫女も四年経てば元の生活に戻ることができる。その際、貴族側は用意していた新たな巫女様をこちらへと送ることになっている。
けれど、今は闇御津羽神様がまだ新たな巫女を迎えていない状態だ。
私は巫女の誘いを一度は断っている身。貴族の血筋と世間を気にして憧れを手放したばかり。
決意が揺らぐ。
今の私は家も、家族もすべてを失った。帰るところなんてない。あんなに優しかった住人たちの冷たい目がまだ残っている。
どうせ戻るところがないのなら、ここで本物に憧れる偽りの巫女として過ごしても許されるだろうか。誰に問うても答えなんか返ってこない。決めるのは私。
「はい」
私は彼の誘いを受けて偽りの巫女としての道を選んだ。
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