第9話 絶望と
しぶしぶ闇御津羽神様は了承してくれた。阿須波様に頼んで元に服に着替えて長屋に戻った私は目を疑った。
「なん、で。家」
なんとか口から出た言葉は震えていた。数日屋敷で過ごしていただけ。たった数日の間に私の家はなくなっていた。
すでに他の家族が暮らしている。
お母さんと暮らした場所がもうない。
私は力が抜けて地面に膝をついた。
「おい、すず……」
支えようとした闇御津羽神様の声に被さるように近所の人たちが出てきて怒鳴り声を上げた。
「この無礼者!」
「貴族様に逆らうなんて!」
「巫女様の代わりが務まると勘違いしたってほんとかい? とんだ無礼者だよ」
「お前のせいで俺たちの家も貴族様たちに目を付けられたんだ。どうしてくれる!」
優しかった住人たちの怒号と投げられた石がぶつかる。何が起こったのか整理出来ない頭では痛みは不思議と感じない。
額から流れて地面に落ちた血が吸い込まれたのをぼんやりと見ていた。
どうして。私は巫女様の代わりを果たした。儀式を成功させた。たくさんの魂を救ったはずだ。
どうしてこんなに避難されるのだろう。
巫女様に取って代わろうとも、貴族様に逆らうつもりもない。闇御津羽神様たちの申し出だって心を殺して断ったのに。
「お前たちやめろ」
「外野はそっこんでろ!」
「こいつのせいで俺たちの生活もめちゃくちゃだよ! ただでさえ税がきついっていうのに更に厳しくなったんだからな!」
「無礼者! この方になんたる物言いをしている!」
住人と止雨様の声が遠くで聞こえる。私は座り込んだまま呆然としていた。帰る家まで失くしたら私はこれからどうすればいいんだろう。
家族も居場所もないんだ。込み上げてきた絶望に涙が溢れてきた。地面に落ちた血の上に水滴が何滴も落ちて吸い込まれて行く。
「鈴華」
やめて。今、優しい声で名前を呼ばないでほしい。縋ってしまう。
縋ってはいけない相手に。正当な後継者ではない身で、身分違いの相手の手を取りそうになる。私は地面に爪を立てて土を引っ掻いた。
爪の間に土が入り痛みで涙を止めようと無駄なあがきをする。
「お前たち、怒りをぶつける相手を間違えるなよ」
低い声音の後、ぽつぽつと雨が降り出す。それは私の髪と服を濡らしていく。雨と涙が混じっていく。
住人たちは突然の雨に戸惑いの声を上げながら家に戻った。残されたのは私と闇御津羽神様と止雨様だけ。
「鈴華」
もう一度彼が優しい声音で呼ぶ。もう私には何も残っていない。立ち上がる力もない。闇御津羽神様が私の肩に触れても振りほどくことができない。
そのまま抱き上げられた。横抱きにされた私は泣き顔を見られたくなくて彼の首筋に顔を埋めた。
抱く彼の手が暖かくて優しくて、泣き止まない私をあやすように闇御津羽神様は手に力を込めた。
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