第8話 巫女への誘い

 次に目が覚めた時には身体も軽くなっていた。これで家に帰って働ける。いつまでもお世話になるわけにはいかない。


「鈴華様、食事はここに置いておきます。身支度が出来たら闇御津羽神くらみつは様の元まで案内しますから声をかけてください」


 顔を出した阿須波様が運んできた食事を机に置いて行く。用意されていた服は異国の服。巫女様が着ていた漢服に似ている。


 ひらひらとした裾が特徴的で私のような庶民には無縁のものだ。袖を通していいものか悩んだけれど、元々着ていた服は側にない。


 裸で彼の前に出るわけにもいかず私は食事を摂り終えたあと着替えた。


「まあ、お似合いですよ。髪は少し結っておきましょう」


 楽しそうに声を弾ませた阿須波様は軽く結い上げて髪飾りをつけてくれた。身に余る物だと言っても彼女は笑顔を向けるだけで聞いてくれなかった。


 諦めた私はそのまま闇御津羽神様の元まで案内された。


「連れてまいりました」


 室内で仕事をしていた彼は書き物の手を止めてこちらを見た。目を丸くした彼の反応から田舎娘には過ぎた格好に驚いたのだろう。


 普段しない格好に浮かれてた自分が急に恥ずかしくなり俯いてうわもをぎゅっと握った。


「あ、ああ。鈴華。急ですまないが、巫女にならないか?」


「え?」


 突然の申し出に私は反射的に顔を上げた。相手はからかっているわけでもなく真剣だった。阿須波様を見ると、彼女も同じ意見なのか微笑んでいる。


 正直その申し出は嬉しい。昔から憧れていた巫女。お母さんから聞いていたおとぎ話の存在に私もなれるんだ。


 だけど、貴族じゃない私は条件を満たせない。彼らが誘ったところで貴族が、世間が許さない。私に許されるのは裏巫女だけだ。


 それだけで十分。


 元の生活に戻り巫女様の補佐として裏巫女としてひっそりと生きる。生まれた時から条件が違う現実に泣きそうになる。


 私は泣きそうになるのを堪えながら二人に緩く首を左右に振る。


「申し出はありがたいです。けれど、私は正当は血筋ではありません。巫女様は貴族様の血縁が代々担うものです」


「それは俺が説得する。今回の件を引き合いに出して納得させる」


「それでも、世間が許さないでしょう」


 私の言葉に闇御津羽神様は黙った。阿須波様が優しく私の肩に両手を置いて抱き寄せた。


「闇御津羽神様、とりあえずは鈴華様を元の家に戻してはいかがでしょうか」


「だが、家には」


「誰もいません。でも、私にとって家はあそこだけですので」


「分かった。送ろう。念のため俺もついていく。止雨、付いて来い」


「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る