第6話 御霊送りの儀式②

 目の前には広い背中。闇御津羽神くらみつは様が私を庇うように立っていた。


「くっ」


 痛みを堪えるような声に私は彼が身代わりになったのだと悟る。彼の名前を呼びそうになり、口を開きかけた私を闇御津羽神くらみつは様が片手を上げて制止する。


「儀式を止めるな。もう一度最初からやり直している時間はない。俺に構わず続けろ。こいつは俺がなんとかする」


 彼の言う通り、唱えている途中で別の言葉を発すれば中断となり、最初からやり直しになる。私はぐっとこらえて頷いた。二人の童子も同じだったようで演奏を再開した。


「我が身法界にあまねく法界を拝すれば法界もた我を拝す。我れ法界をにくめば法界も亦我を悪まん。たとえば明鏡の我所作を浮かぶるが如きなり。梵天王魔王自在大自在ぼんてんのうまおうじざいだいじざい除其衰患令得安穏じょごすいがんりょうとくあんのん諸余怨敵皆悉摧滅しょよおんてきかいしつざいめつ


 唱え終わり、左の人差し指で弾くと変質した魂の気配は消え、通常の魂の形へと戻っていた。


 荒れたように波打っていた池が鎮まり、森に漂っていた黒い塵は消え、神聖な空気が戻り、池の中央に目を向けると集められた魂たちが水面に立っていた。


 安堵したのも束の間。ここからが御霊送りの儀式だ。私は汗を袖で拭い集中した。


「橘の小戸たちばなのおど身禊みそぎを始めにて今も清むる吾が身なりけり、千早振ちはやふる神の御末みすえわれなれば祈りし事の叶わぬは無し。き奉る此の柏手かしわでかしこくも来たりましませ薬師やくし大神おおかみ此の神床かむどこに仕え奉る人々に寄り来たり給いてく病を癒し給えと恐み恐みも白す。奥津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみ八握剣やつかのつるぎ生玉いくたま足玉たるたま死反玉まかるかえしのたま道反玉ちかえしのたま蛇比礼おろちのひれ蜂比礼はちのひれ品々物比礼くさぐさのもののひれ(、ひと、ふと、み、よ、い、むよ、なや、ここ、たり、ふるべゆらゆら」


 神歌を唱えながら舞いを、お母さんの姿を思い出しながら舞う。


 もうほとんど足に力が入らないけれど、これで御霊を送ることができるならと最後の力を振り絞り舞った。


 最後の一踏みで力を使い切ってしまった私は足に力が入らずふらついた。このまま床に身体を打ちつけることを覚悟していた私は腕に抱きとめられて無事だった。


「上出来だ。よくやった」


 闇御津羽神様の声に私は儀式を成功させたのだと遅れて実感が湧いてきた。喜んだのは一瞬で、襲ってきた疲労に抗えず私は意識を手放した。


 意識を失う直前、美しい白銀の龍が天に上る姿を見た気がした。

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