第4話 裏巫女
荒い息を整えながら勾玉を握り唱える。
「オン・マユラギ・ランデイ・ソワカ」
私にお母さんのような力なんてない。池に入っても神楽殿に繋がる道が開けないかもしれない。そもそも私は巫女なんかじゃない。
資格も素質もなにも持たないただの庶民。分かってる。私を突き動かすのはただ一つ。
「お母さんの魂を送るんだ。お父さんともう一度出会うために」
息を深く吸って池に身体を鎮めた。幼い頃に体験した下に沈む感覚に安堵して目を開けると森の中にいた。場所は覚えてる。
私は神楽殿の反対側まで走った。儀式が始まったのか鈴の音が鳴り始める。息を切らしながら走る。
肺が苦しくて涙が出そうになりぐっと堪えて反対側に着いた。息を整えながら鈴の音に混じる神歌に耳を澄ませる。
「心苦しく悩む
違う。天地の神と薬師の大神が逆だ。間違って神歌を唱えている。訂正しようにも唱え終わっているものは修正しようがない。
たぶんお母さんは神歌を同時に唱えていたんだ。私は焦った。今から次の神歌を同時に唱えて間に合うのか。
考えている間に空気が重くなり中央の池で波紋がいくつも現れる。次第に生暖かい風が吹き始め水面の揺れが大きくなった。
神聖な空気から一気に禍々しい空気へと変貌していくのを感じて私は足が震えた。
「荒魂が生まれる」
本能で感じる。遠くで巫女様の悲鳴が聞こえた。私は何も出来ないまま力なく膝から崩れ落ちた。何しに来たんだろう。
行き場をなくして混乱した霊たちが彷徨い始めた。だめだ。このままでは全員生まれ変われない。大好きな人と二度と再会出来ない。
「それはだめだよ」
私は足に力を入れると立ち上がった。まだ間に合うかもしれない。なにか鎮めるための歌があったはずだ。
私は覚えた神歌、咒言の中から鎮めの歌を探す。いくつか唱えようと口を開きかけた時。
「危ない! 伏せろ!」
男性の声がして反射的に従った。伏せた頭上を風が通り過ぎる。恐る恐る顔を上げると二人の童子が私の前に立っていて、少し先に見覚えのある人物がいた。
その人は自我を失った霊を捉えたまま私を睨み付ける。
「なぜここに巫女以外がいる」
「あ、えっと。それは」
私は言葉に詰まった。何を言っても信じてはもらえないだろう。返答に困った私に相手は重々しく溜息をついた。
「
「この人間はいかがいたしますか?」
「そうだな。ここに置いていても仕方ない。連れていくぞ。くそ、儀式が失敗して忙しい時に次から次へと。裏巫女がいればこんなことには」
苛立っている相手に進言して逆上させてしまったらと一瞬だけ考えたけれど彼の事はよく知らない。
どんなに怒られても私は自分に出来ることをするべきだと判断した。引きずられそうになりながらも私は勇気を出して進言した。
「あの。魂を鎮める神歌を知っています。まだ間に合うなら私にやらせてください」
「なに?」
「神歌は巫女と裏巫女しか知らないはずです」
「この娘は裏巫女ではないでしょうか?」
「いいえ。私は裏巫女のことは知りません。ただ、お母さんが教えてくれたんです」
立ち止まった闇御津羽神様を真っ直ぐ見据える。正直怖い。震える脚に力を入れてなんとか立っている状態だ。
「娘。お前の母親の名を言ってみろ」
「
「そうか。あの人の娘なら信じてやる。神楽殿まで運ぶから神歌を唱えて霊たちを鎮めろ」
「はい」
お母さんの名前を聞いて闇御津羽神様はようやく表情を和らげた。その顔に安堵する。
「では行くぞ。捕まってろ」
「え? は、はい」
返事をしたのも束の間。闇御津羽神様は私を横抱きにするなり地面を蹴るとものすごい速さで森を駆けた。
二人の童子もついてくる。私は今まで体感したことのない速さに彼の上着を掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます