第3話 巫女と御霊集めの儀

 霊たちの後を追うと、大路おおじへと出た。一番の大通ですでに人だかりができていた。


「巫女様の御霊集めの儀だってよ」


「ああ。今年だっけ、御霊送りの儀式」


「ほら、先頭を歩くのが巫女様。さすが貴族出身でいらっしゃるわ。顔は布で隠されていても美しさが伝わってくる」


「巫女様の後ろにいるのが闇御津羽神くらみつは様よね。男性にしてはお美しいわ」


 人だかりをかきわけて前に出た私の耳に周囲の人たちの声が聞こえる。


 先頭へ目を向けると漢服のような異国の服を身にまとった巫女様がゆっくりと鈴を鳴らしながら歩いて、その後ろをこの地域で亡くなった霊たちがついていく。


 その中にお母さんの姿が見えた。胸がつかえ、溢れそうになる涙をこらえていた私は視線に気付いてそちらへ目を向けた。


 視線の送り主は武官朝服姿ぶかんちょうふくすがたの男性。みんなが話していた闇御津羽神様だ。


 紫を含んだような深い青色の長い髪に紺碧色の瞳、整った顔は女性たちの視線を集めていた。射貫くような瞳に私は息を呑んだ。


 彼からの視線はすぐに外され私はそっと息を吐きだした。きっと偶然だろう。彼が私のような庶民をみるはずがない。


 美しい巫女様と違って麻の服にぼさぼさの髪。服の上から腹部を撫でればあばら骨が浮き出ている。俯きかけた私は霊の中に違和感を覚えて列を凝視した。


 寒気がして両腕をさする。霊の一部から黒いちりのようなものが視える。霊の多さから発生源は分からないけれどそれが不吉な物だと直感的に感じた。


 巫女様たちは御霊集めを終えたら池を通じてあの森にある神楽殿へ向かうのだろう。以前お母さんに尋ねたことがある。荒魂はどうして生まれたのか。


 その問いに困ったように眉を下げながら答えてくれた。


「この世に強い恨みや悲しみを持ったまま死んでしまった人たちが集まって生まれた、と聞いているわ」


 荒魂に至る前はただの霊体だった者たち。強い恨み、悲しみを持ったまま死んで死してなお負の感情を抱いてしまった者たち。


 彼らの魂を癒し、鎮めるのが御霊送りの巫女の役割なのだと。


「儀式が失敗したらどうなるの」


「儀式が失敗すれば荒魂はたくさんの魂を集めて大きくなって鬼と化すの。鬼は自我を失って今度は生きている人間を襲うのよ。それを初代の巫女様が水龍様と共に沈めたのが始まり。今だと陰陽師がいるから鬼は倒されてしまうと思うけれど」


 言葉を切って悲しそうな顔をするお母さんの続きを私は静かに待った。


「荒魂や鬼と化した魂は生まれ変わることができなくなるの」


「生まれ変わり?」


「そうよ。死んだ後、人は長い旅の末生まれ変わることができるの。鈴華はお父さんに会いたい?」


「会いたい」


「お母さんもね、生まれ変わったらまたお父さんと鈴華に会いたいわ。だから御霊送りの儀式が必要なの」


 私の頭を優しく撫でながらお母さんは言っていた。黒い塵は荒魂になる前の霊たちから出ているのかもしれない。巫女様には見えていないのだろうか。


 もし、荒魂が生まれたら。今まで儀式が失敗した話は聞いたことがない。でも私には引っかかっていることがある。


 どうしてお母さんは御霊送りの儀式の時に池を通じて神楽殿の反対側に立ち神歌を唱えて舞いを舞ったのだろう。


 お母さんも巫女だったのかもしれない。巫女様が失敗した時のための巫女の代わり。黒い塵を見てから胸騒ぎが治まらない。


 私は服の上からお母さんに貰った形見の勾玉を握りしめた。鈴の音が遠ざかり、人だかりはなくなっていた。息を吐きだして決意した私は池の方へと走り出した。

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