第十二話 阮先生の実践指導!
阮は一人、大股で歩きながらゴブリンの巣にある広間へと突入していく。
カミラ、オーサ、アドラー三人は通路の入り口で待機していた。
(本当はこいつらの遠距離対策を見るつもりだったが、予定変更だ。そもそもこいつらに遠距離戦は仕掛けられない。少なくとも、この程度の数じゃな)
何よりも賞賛すべきはオーサの索敵能力だ。
元々耳が良いエルフということもあって、彼女のそれはすでにDランク程度には収まっていなかった。
何せ、死角にいる敵を正確に把握できるのだ。
広間に大量の敵と魔導師がいるとわかれば、ヘテロジャムのメンバーは後退しつつ各個撃破するという手段を選ぶだろう。
彼らは総じて慎重派だ。新人冒険者にしては珍しい。
この狭い通路ならば、敵の位置さえわかればカミラの魔法でおびき寄せることも簡単である。
そしてアドラーは、細い一本道での戦い方に長けていた。
「お前たちじゃ役不足だ。安全を最優先できるアイツらは、絶対に広間に飛び込むなんて馬鹿なことはしない」
ずかずかと真正面から、阮は語り掛けつつゴブリンの群れへと歩み寄る。
対するゴブリンたちは、既に彼を外敵と認めたようだ。
魔導師は魔力を練り始め、大型の亜種は小型を盾にしながら棍棒を持ち寄る。
二十いる通常のゴブリンたちは、我先にと阮に襲い掛かっていた。
(単調な動作。一斉攻撃。地形を利用せず一心不乱に走りこんでくる。集団戦としては及第点なんだが、やっぱ餓鬼は餓鬼か)
比較的広いとは言え、大ぶりの攻撃はできない程度の空間。それを埋め尽くすゴブリンの密度。
本来ならば恐れおののく光景に対し、阮はいたって平静であった。
「さて、まずはアドラーへのレッスンからだな」
彼はそう言いつつ、虚空から一振りの剣を抜き放つ。
東洋の方ではあまり見られない、いわゆるロングソード。西洋剣。
それをしかと両の手で握り込み、上段から一撃を振るう。
本来ロングソードなど取り回すこともできないような狭い空間で、しかし彼は見事目の前のゴブリンを切り裂いて見せた。
「アドラー、まずはこんな場所でもメイン武器を使えるくらいに鍛錬を積んでおけ」
阮の動きは非常にコンパクトだ。
ゴブリンを絶命させるだけならば、そこまで大きな挙動は必要ない。洞窟内でもできる程度の予備動作で十分。
さらに付け加えるなら、彼は狙う場所が正確なのだ。
相手を殺すのではなく、動きを封じる。もちろん殺せるのならばそれでも良いが、何せこの空間では袈裟切りなどの動作は不可能だ。
そうではなく、飛び掛かって来たゴブリンの金的や足の腱など、痛みに関わらず構造上動けなくなる部位を切断している。
相手が無抵抗なら、戦闘が終わってからでも殺すのは容易だ。
それに、死んでいるゴブリンは盾にできないが、生きているゴブリンは盾にできる。
人間と同じことだ。生きている同胞は攻撃しづらい。
ただ床に転がっているだけでも、行く手を塞いで邪魔になる。少し動きを躊躇ってしまえば、剣という長いリーチで圧倒できるのが道理だ。
ゴブリンは残虐非道な精神をしているが、同種を無為に殺すほどではない。
お粗末ながら人間に近しい知能を持っているが故の弱点と言える。
だが、敵は通常のゴブリンだけではない。
二十近くいた味方が殲滅されつつあるのを警戒し、今度は魔導師が攻撃を放ってきた。
(属性はやはり土。この洞窟を作ったのはアイツらか)
撃ち込まれたのは岩石でできた弾丸。単純ながら高威力。
通常のゴブリンが石で殴りかかるのとはわけが違う。どこに当たっても殺傷能力がある魔法の攻撃だ。
……しかし曇天の龍が放つ必殺の弾を回避できる悪鬼が、それを避けられないはずがなかった。
「アドラー、さっきの俺の動きをよく覚えとけ。次はカミラだ。お前には念動の才能がある。それをもっと伸すのが良い」
阮はゴブリンの魔法など無意味であると言わんばかりに、おしゃべりをしながら軽々と躱していく。
その間にも剣で手前のゴブリンを行動不能にしていた。
そして扱うのは、カミラも得意な念動魔法。
彼は人差し指をゴブリンの魔導師へ向け……。
ズドン。
鈍い音を響かせながら、一匹の魔導師が崩れ落ちた。
「念動の次のステップは、不可視の弾丸だ。これは習得が難しいが覚えれば強い武器になる。弱点は、直線上にある物体を全部壊しちまうとこだな」
上機嫌に語りつつ、阮は再度人差し指をゴブリンの魔導師へと向ける。
岩石の弾丸には不可視の弾丸でお返しだ。
……と、そこへ一匹のゴブリンが襲い掛かって来た。
戦況が不利なのを感じ取って、ついに動き出したのだ。
大型の亜種。ホブゴブリンと呼ばれる種類。
どうやら他のゴブリンより知能が高いらしく、阮を警戒して様子見をしていたらしい。
しかし今回はそれが仇となった。もし通常ゴブリンと同時に襲い掛かっていたのなら、別の展開になっていただろう。
(ちょうどいいな。ありがとさん)
阮は何も躊躇することなく、そのまま人差し指の向きを補正する。そして……。
ズドン。ズドン。
念動で作った不可視の弾丸は、ホブゴブリンの腹を貫通し後ろにいたゴブリンメイジの眼球をも粉砕した。
「こんな風に、味方を巻き込んじまう可能性もある。使うときは注意だ」
確かにこの魔法は強力だ。何より、習得してしまえば考えることが少ない。
先ほどカミラが見せた絶技は、中間にいる味方を意識しつつその奥にいる敵を攻撃しなければならない。
それだけ魔導師の負担は大きくなる。
しかしこの魔法は、直線を意識するだけでいい。無駄な思考を減らせるのは、状況を俯瞰的に見なければならない後衛にとって嬉しいことだ。
「そしてゆくゆくは、こういうこともできるようになってくれ」
最後に阮は、残りのゴブリンメイジへ人差し指を向けるのではなく、握るように手のひらを向ける。
彼がその手を閉じていくと、不思議とゴブリンメイジが苦しんでいくのが見て取れる。
外見上異常はない。しかし確実にゴブリンメイジは死へと向かっていき、ついにはこと切れてしまった。
「んな!?」
普段冷静なカミラも、流石にこれには驚いた様子だ。阮の技を盗み取ろうと、目を見開いている。
「これは結構難しいぞ。後でちゃんと教えてやるが、ゴブリンの体内にある心臓って臓器を握りつぶしたんだ」
軽い口調の阮だが、カミラは雷が落ちたほどの衝撃を受けた。
並大抵のことではないのだ。カミラがゴブリンを捻じり切ったのとはわけが違う。
アレは身体の外に作用する攻撃であって、身体の内に作用するものではないのだ。
ほぼすべての動物は、相手の魔法を体内に持ち込ませないよう防御する術を持っている。
魔法は魔力によって引き起こされるものなのだから、当然相手の体内へ魔力を侵入させなければあのような芸当はできない。
しかしいったい、阮はどこから魔力を侵入させたというのか。口か? 肛門か? まさか、汗腺から侵入させたとは言うまい。
「ヤバいね~。あんなことできるの、エルフの里でも中々いないよ。アタシは見たことない」
頭を抱える小人族のカミラに、エルフのオーサが言葉をかける。
彼がおかしいだけなのだと。しかし同時に、カミラでも似たようなことができるという可能性に興奮してもいた。
「最後はオーサ、お前へのレッスンだ。精霊の魔眼っつう稀有な才能をもっと生かす」
阮は最後に残ったホブゴブリンを見据え、手に持った剣を投げ捨てる。
裸拳にブーツ。彼の基本的なスタイルだ。……本当は素足の方が得意だが。
対するホブゴブリンは、仲間を殺されたことへの怒りが沸騰している様子だ。
狭い洞窟内で棍棒を振り回し怒りを露わにしている。
本来ならば危険極まりない。ホブゴブリンのパワーと体重は相当のものだ。当たり所によっては即死もあり得る。
しかし、そんなものはお構いなしにと阮は突き進んでいった。
彼が見ているのは、微細な魔力の流れ。それが導く方向からわずかにズレ、硬く握った拳を置いておく。
すると不思議なことに、ホブゴブリンの攻撃は空振りし、停止していたはずの阮の拳はホブゴブリンのレバーにクリーンヒットした。
ダメージは少ない。何せ突きを放ってもいないのだから。
しかし確実に、ホブゴブリンは今の攻撃で大ダメージを負うはずだった。誰もがそれを理解できた。
「良いかオーサ。身体能力強化は立派な魔法だ。必ず魔力の流れが存在する。どの筋肉を動かすか、どの関節を動かすか。そして多くの敵は、それを隠す術を知らない。魔力の流れから敵の動きを想像しろ。ちゃんと鍛えれば、こんな奴素手でも圧倒できる」
ホブゴブリンの攻撃は一発も阮に当たらない。そして阮の攻撃は百発百中。
ホブゴブリンも阮の動きを予測し避けようとするが、避ける動作すら予測できる阮に通用するはずもなかった。
「察知と予測。二つは繋がっているんだ。あとは答え合わせ。勇気を振り絞って自分を信じれば……」
最後の最後にやっと放った阮の突きは、ホブゴブリンの頭にクリーンヒットした。
妖怪『妖怪殺し』、新人冒険者を育て街一番の冒険者パーティーを築き上げます! すべては大物妖怪を殺すため! Agim @Negimono
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