第十一話 それぞれの活躍

「すごい精度だな、カミラ」


 ゴブリン六匹、それを同時に瞬殺とは。


 ゴブリンの死体はすべて正確に首から捻じり切れている。


 距離にして約5m。この位置から背骨を押しつぶすほどの出力を出せるのは、並大抵のことではない。


 条件さえ揃えば、アドラーが一匹ゴブリンを倒す間にカミラは六匹のゴブリンを倒せる。


「ありがとうございます。アドラーが注意を引いてくれたおかげです」


 言いながら、カミラはアドラーに頭を下げる。


 しかし当のアドラーと言えば、カミラの手にかかったゴブリンの死体を凝視していてそれどころではなかった。


 念動魔法というのは、あまり便利なものではない。対象との直線上に障害物がある場合、そちらに作用してしまうことが多々ある。


 つまるところこの狭い洞窟で念動魔法を使えば、最悪の場合アドラーや阮が巻き込まれかねないのだ。


 通常の魔導師ならば誤射しても大したことはないのだが、ゴブリンの背骨を捻じり切るほどの出力。喰らえば骨折、酷ければ即死もあり得る。


(やべぇな。カミラは攻撃職としてすごい奴だと思ってたが、ここまでとは)


 討伐依頼が始まるのはDランクから。訓練以外でカミラの実力を見るのは、実はアドラーもこれが初めてであった。


 だが驚いているのはカミラも同じだ。まさか慎重派のアドラーが、果敢に攻め入りゴブリンに奇襲を仕掛けるとは。


 阮の補助があったとしても、そもそも自分の腕に自信がなければあのようなことはできない。


(このパーティー、やはり粒ぞろいだな。アドラーは大ぶりな大剣を装備しておきながら、ショートソードの扱いに慣れている様子だ。低身長の相手にも狙った場所を突ける。カミラも、魔道の才能はピカイチだ。絶対に味方を巻き込まない自信があったんだろう)


 阮も、改めてこのパーティーヘテロジャムを評価せざるを得ない。


 少なくとも奇襲、防衛ともにDランクとは思えない水準にまで達している。


 レンジャーのオーサも、曲がり角にいる敵を見つけられるほどの精度。視力以外に索敵手段を持っているのは大きなアドバンテージだ。


「よし、この分ならもう少し大胆に動いても良さそうだ。ただし、餓鬼の中にも魔法を得意とする奴がいる。そいつには気を付けろ」


「ゴブリンメイジね。ギルドの資料だと、最悪洞窟ごと崩壊させて道連れにするって書いてあったわ」


 ヘテロジャムが近距離、中距離において高い能力を持っていることはわかった。


 しかし魔法戦となるとどうなるかわからない。アドラーの耐久力がどこまで持つか。


 それに、カミラもオーサもどの程度攻撃魔法を使えるかわからない。ある程度大胆に動きつつも、敵の魔導師が出てくる可能性を考慮するべきだろう。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。アタシ、索敵には本当に自信あるんだから。魔導師だったら絶対にわかる」


 そう言いつつ、オーサは自分の目を指さす。


 エルフ特有の翡翠色の瞳が、洞窟の中でもわずかに輝いていた。


「……精霊の魔眼か。珍しいものを持っているな」


「ふふ~ん正解。普段使いできないけど、洞窟探索くらいなら負担は少ない方よ。梟の目? とも相性良いみたいだし」


 精霊の魔眼は、幼い頃に鍛錬を積むことで身に付く魔法の目だ。稀に生まれつき持っている者もいるが、数は非常に少ない。


 特にエルフ族などは持っている者が多いらしい。種族的にも相性がいいのだ。


 精霊の魔眼を使えば、相手がどの程度魔力を持っているか、どんな属性が得意かなどという情報が一目でわかる。


 熟練の者になると、魔法を発動するタイミングや軌道、威力や効果範囲すら見抜けてしまうそうだ。


 ……ちなみに阮も似たような芸当ができるが、彼のは精霊の魔眼ではない。


 幼少期に親というものが存在しなかった彼には、魔眼の教育をしてくれる人もいなかったのだ。


 彼がその存在を知ったのは、冒険者になってからしばらく。すでに成人しており、魔眼を手に入れられる機会を失っていた。


 だから彼のは、以降努力によって近しい能力を身に着けたに過ぎない。精霊の魔眼のように正確な情報を見抜くことはできなかった。


 似た例で言うと、絶対音感と相対音感の関係と近いだろう。


「梟の目は一時的に魔眼を付与する闇魔法。精霊の魔眼を多少補助する効果もある。なら魔導師の索敵もオーサに任せよう」


「了解! 訓練の成果が出るわね!」


 上機嫌になったオーサは、己の耳と目に集中しつつカミラの背を押す。


 まだ洞窟は始まったばかりだ。


「アドラー、餓鬼の巣穴は横道がある場合がほとんどだ。前に進みつつも、時々後ろを振り返って穴を確認するんだぞ」


「わかってるよ。奇襲が来るかもしれないし、出口を間違えるかもしれない。そういうことだろ?」


 前を行くアドラーに再度注意を促すと、彼は百点の答えで返してくれた。


 ゴブリンは狡猾で残虐だ。洞窟内で侵入者を迷わせ殺すという、非道な手を使う。


 来たときは一本道と思っていたはずが、実はもっと目立つ場所に別のルートがあった。帰りにそっちへ入ってしまい、ゴブリンのコロニーへ直行……。


 などという笑えないオチは珍しくない。そのためにも、意識的に帰り道を確認しておくのが有効だ。目印などを付けるのも良い。


「でもグエンさん、ゴブリンの魔導師がいたら道を変えられちゃうかもしれませんよ」


 そしてまた、これも厄介なところだ。


 これほど深い洞窟。とてもゴブリンの手で掘ったとは思えない。


 ならば、土属性の魔法が得意な魔導師がいる可能性が高い。そいつに帰り道を変えられれば、道を覚えていようと関係なくなってしまうのだ。


「そのためにも、横穴を確認するんだ。餓鬼の魔導師はそこまで強力じゃない。道を変えるときは必ず現場まで来なきゃいけないんだ。横道がないことを確認しておけば、自分たちが出会わなかったら魔導師も後ろにいないということになる」


「なるほど」


 ゴブリンは夜行性だ。昼間に突入してきたのだから、外から帰ってくるという可能性も低い。


 道中に分かれ道でもなければ、背後から奇襲してくる可能性はないだろう。少なくとも、今のところ横穴は見られない。


 ……そこでふと、最後尾を歩くオーサが立ち止まった。


 彼女は索敵担当。立ち止まったということは、何かを察知したということだ。


 その瞬間、最前列のアドラー含め全員が足を止めた。


「噂をすればって奴よ。ゴブリンメイジが三匹。他は普通のゴブリンが二十ってところかしら。あと、大きいのも二匹いるわ。音からして、広い空間があるのは間違いない」


 彼女がもたらした情報に、流石の阮も瞠目した。


 ゴブリンの勢力にではない。オーサの索敵能力にだ。


 彼女が持ってきた情報。確かに阮も把握していること。彼には長年の経験によって培われた能力がある。


 しかし、オーサがまだ何も見えない位置からゴブリンメイジを見つけ出したのはどう考えてもおかしい。


 精霊の魔眼は、対象を視界のどこかに収めなければならないのだ。


 ならば彼女は、何を見てゴブリンメイジを判断したのか。


(……まさか、魔力の流れが見えているのか? 大気中に存在する魔力がどこから発生しているのか、視覚的に把握している……!?)


 オーサのそれは、およそ訓練で身に付くものではない。


 目を鍛える訓練で、どうして空気を感じることができようものか。


 気体は目に見えない。常識だ。それが目に見えているというのがそもそもおかしい。


 第一、魔力を目で感じ取るという精霊の魔眼そのものもおかしいというのに。


「ハハハ! 本当にすごいパーティーだな。お前らこそ、Dランクに収まって良い人材じゃねぇ。鍛え甲斐がある」


 急に笑いだした阮に、他の三人は驚く。


 わざわざ自分たちの位置を知らせるようなことを、何故今。


「お前たちの実力はわかった。ならちょっと、もう少し上の次元も見せておく。最上級冒険者の戦いを、その眼に焼き付けておけよ」

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